2016年1月29日金曜日

十六.南太平洋編 Ⅶチャレンジ・ザ・マウンテン-1

十六.南太平洋編 Ⅶチャレンジ・ザ・マウンテン-1

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初めての方は、1からお読み下さい。


ヤシの木陰の十字星の歌で有名なラバウルは、ラバウル島にある、と思っている人が多いが、ニューブリテン島の小さな街である。街といってもこのあたりの街は、日本で言うところの町よりもはるかに小さいものである。
 このニューブリテン島には、太平洋戦争時代の激戦を忍ばせてか、あちらこちらに旧日本軍の戦車やら、飛行機の残骸が散らばっている。また、カタコトの日本語を喋るおっさんも多く、
「雨が降る降る、ジンバが濡れる・・・・・・」
と、歌いながら、土人のおっさんが歩いている。
 この島には湾の西の方に三角すいの良い山がある。樹木や緑は生えてなく、ごつごつとした岩山で、頂上付近からグレーの煙が上っている。
「うむ、良い山だ」
と、僕は入港するたびに思っていたが、ある日、長い休みが取れたので、思い切って、あの山へ挑戦してみることにした。しばらく山へ行っていないので、身体がうずうずしてくる。
 そして、さっそく、ニ・三日分の食料と装備を揃えると、さっそうと出発する。
 リュックサックを背負って海岸線を行くと、土人らが、何をしているのか?とキョロキョロ見ていた。
 湾をぐるーっと廻り込み、大分、人里離れてくると、山の頂上付近がチラッ、チラッと見え、山が近づいてくる。
 途中の小さい部落に着くと、遊んでいる子供らに、ゴツゴツととんがった山の頂上を指さして、
「あそこへ行くにはどう行ったらいいか?」
と尋ねると、子供らはびっくりして、
「あの山へ行ったら、あかん!」
と手を横に振り、一人が手を振ると、五・六人らの子供らも合わせて一勢に手を振る。
「駄目だ、駄目だ、行ったらあかん!」
と繰り返し、子供らは口を手で覆い、息が出来ないジェスチャーをした。以前、何か事故でもあったのか、止め方が異常である。
「前、誰か行って帰らなかった」
とも言っていた。

2016年1月27日水曜日

十五.南太平洋編 Ⅵメラネシアのポリスマン

十五.南太平洋編 Ⅵメラネシアのポリスマン

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メラネシの島々は、小さな独立国や、まだ植民地として統治されている島々が多い。ソロモン諸島らも、まだ植民地が多く、各国の秘密軍事基地があるかもしれない所である。
 僕はあいかわらずカメラを下げてうろうろしていると、何処から聞きつけたか、土人の駐在の警官らしいおっさんが、ふうふう言って自転車を漕ぎながら追いかけて来た。
「何か?」
と振り向くと、おっさんは息を切らしながら、
「この島で写真を取ったらアカン」
と言う。そして、さかんに僕のカメラをよこせ、と言う。
「こんな所に何が有るのか、海と密林だけじゃねぇか」
と、言い返すが、きかない。カメラをよこせ、と言う。
 頭にきた僕はカメラはやるわけにはいかぬ、と、パカッとカメラを開け、フィルムをポタリ、と道に落とすと、そ知らぬ顔をして歩いて行く。
「バカタレめが、せっかく良い景色を撮ったのに、こんな所になにがあるのか、韓国じゃあるまいに」
と憤慨していた。すると、後からおっさんがふうふう言いながら追いかけて来た。
「まだ何か用があるのか?」
と尋ねると、
「カメラを見せろ!」
と手を差し出す。
「フィルムは渡したじゃないか!」
と怒りながら言うが、きかない。あんまりうるさいので、
「ほれ!」
とカメラを手渡すと、おっさんはしばらくカメラをいじくっていたが、空け方が分からないようである。何をしているのか・・・・・・?と、僕は黙って見ていたが、カメラを取りあげ、
「ほれ、もうフィルムはない」
とカパッとカメラを開けると、このおっさん、何を思ったか、カメラの中を覗き込んでいた。カメラの中にフィルムが何本も入っている、と思っているのだ。
「おっさん!カメラにゃフィルムは一本しか入らないの、えっ!おっさん、カメラを知らんのか!」
と、ぐらぐら頭にきた僕は、日本語で怒鳴りちらすと、紅い筋の入った警官帽をかぶったちんちくりんの土人のおっさんは、自転車のハンドルを握ったまま、目をまん丸にしてきょとん、としていた。

2016年1月25日月曜日

十四.南太平洋編 Ⅴ女王陛下と夢の島々-2

十四.南太平洋編 Ⅴ女王陛下と夢の島々-2

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 僕らの乗る船はミクロネシアの小さな島々をよく廻った。珊瑚礁に囲まれた魅惑の孤島、ナウル島もそのひとつである。モスグリーンの何処までも透き通る海に、珊瑚礁に当って砕ける白い波が、海面を覆っている。モスグリーンの葉と、ハイビスカスの赤い花が広がる、すべてが自然そのままの美しい島である。 
 中学生位の頃、「南太平洋」というアメリカ映画を見た覚えがあるが、ひねた中学生は「あんな、夢のような所があるわけゃねぇ!」と、子供ながらに思っていたが、その夢の島が今、僕が立つこの島であった。 
 光る花と透き通る海、珊瑚礁、そして髪の長い美女ら。この島の原住民は大柄なトンガ人のような姿をしていて、色もあまり黒くなく、長く縮れた髪に赤いハイビスカスの花がよく似合った。そう、あのゴーギャンの世界であった。 
 暖かい陽射しと、ぬるい風が一日中覆う珊瑚礁のこの島は、珊瑚礁と同じように、潮の満干の差が激しく、その差は五メートルにも及んだ。何処までも続く珊瑚礁の彼方から白い波が、ぞぉーと押し寄せる。が、戻っては行かない。引き潮となれば、ざぁーと曳いて行って、再び戻っては来ない。太平洋の真ん中に居るんだなぁ、という実感が湧いてくる。 
 うっとりとする澄んだ空気の中、青い空と、青い海を眺め、真黒に日焼けした僕は、のんびりと楽しい日々を過ごすことが出来た。まさに楽園の日々であった。 

2016年1月22日金曜日

十四.南太平洋編 Ⅴ女王陛下と夢の島々-1

十四.南太平洋編 Ⅴ女王陛下と夢の島々-1

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 カビエンという人口二千人位の島に、パプア・ニューギニアの独立、十周年記念という事で、前の統治国である大英帝国のエリザベス女王が来ていた。
 帆船のマストの上に黄金色のクラウンが飾ってある王室用の大型クルーザーが岸壁に着いていた。中世を思わせるスマートな帆船は何もかもがピカピカで、手入れが良くいきとどいていた。
 エリザベス女王、チャールズ皇太子ら王族が波止場に着くと、数十人の見物人が集まっていた。歓迎の音楽も拍手もなく、ゴムゾウリの土人らが、ぼぅーと立っているだけである。僕は彼らを押しのけると、さかんにシャッターを押し続ける。と、エリザベス女王はグリーンのワンピースを着てハンドバックを下げた普通のおばさんである。このきさくなおばさんは土人一人一人に握手していた。僕もすかさず手を出すと、おばさんは、「何で、こんな所に東洋人が居るのか?」と、不思議そうな顔をしたが、すぐ、ニッコリして握手してくれた。
 やがて、女王陛下は、歓迎の垂れ幕を張っただけの乗り合いトラックの荷台に乗り込むと、手を振って土煙とともに走り去った。さすがのブリテン帝国女王陛下も国によってはだいぶん持て成しが違うようである。土人達も女王の偉さ貴(とうと)さがよく分からず、へらへらと手を振っていた。

アン王女

2016年1月20日水曜日

十三.南太平洋編 Ⅳパパイヤ・マンゴ-2

十三.南太平洋編 Ⅳパパイヤ・マンゴ-2

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この旨いパパイヤなどの果物は市場へ行くと、ほとんどタダ同然の値段で売っている。彼らはアラブ人とは違い、あまりふっかけたりはしない。そこまで頭が回らないのかもしれない。 
 パプア人は煙草は吸わないが、噛み煙草というものを味わう。これは樹の実を齧り、口の中に石灰のような白い粉を入れ、くちゃくちゃ噛み、噛んでいると赤くなる。僕も噛んでみたが、非常に苦いものだ。それをパプア人たちはクチャクチャと噛み、「ベッ」と、地面に吐き捨てる。真赤なものが、ベッ、と出るわけだが、僕は最初、血反吐を吐いているのかと思った。 
 彼らは酒を飲めない。飲めないのではなく、飲ませてもらえないのだ。狂暴になるからだ。それに働かなくなる。だから、国営のバーでビールを飲ませてもらえるだけである。むろん、働く人間だけだが、それも時間が四時間と制限されていて、飲酒もそのバーの中だけとなる。彼らはビール以外の酒は知らない。焼酎を飲ませてみたら、どうなるだろう。鼻血でも出すかな?

2016年1月18日月曜日

十三.南太平洋編 Ⅳパパイヤ・マンゴ-1

十三.南太平洋編 Ⅳパパイヤ・マンゴ-1

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 怖い思いをしたが、犬の方も恐かったろう。後でよく考えてみると、パプアには熊は居ないはずだ。犬たちは僕を何だと思って恐れたんだろう・・・・・・?
 パプアでは犬を飼っているのを見た事がないが、犬に似た動物のミイラを市場で売っていた。 
 カラカラのミイラになって両手両足を縛られ、ぶら下っている哀れな動物がいた。何十匹も捕えられ、ぶら下っているこの動物は犬とカンガルーを合わしたような奴で、本当の姿は見たことがない。パプアでは常用食となっているのか、良く売れているようであった。
 小さい腰の曲った婆さんが、自分の身体よりデカイ哀れなミイラをズルズルと引きずりながら道を歩いていた。どうやって食うのか知らぬが、テンプラを買うように自分より大きい動物を買い物されちゃたまらん。
 パプア人の主食はタロイモだが、肉食もけっこうするようである。
 浜辺で土人らがたむろしていた。何をしているのか、と思っていたら、土人が一人走って来て、
「今、御馳走を食ってるから、お前も食え!」
と言う。何の御馳走だろうか?と覗いてみると、海亀が逆さにひっくり返っていた。甲羅の中身はあまりなく、それを土人らが手でつかんで生のまま食っていた。
「うぇー」
「お前ら、焼いて食わんのか?」 
と尋ねると、生の方がうまいのだそうだ。日本の刺身みたいなものだろうか?
 気持ち悪いが、日本人がナマコを食っているのを見たら、土人も気持ち悪がるかもしれない。あれは食わんらしい。食えないものらしい。
 またパプア人は果物を良く食う。焼バナナといって、十センチ程の青いバナナを焼いて食うと、芋のような味がする。それにパパイヤ、マンゴだ。パプアのマンゴは旨い。
 船室の扉を開けていると、大きなカゴ一杯のパパイヤ、マンゴを頭に乗せた土人が、「マスター、マスター(旦那、旦那)」と売りにくる。僕は取り合うのがめんどくさいので、靴下を脱いで、ぽいっとほたり、しばらくして、扉の前を見ると、大かごいっぱいのパパイヤ、マンゴが置かれてある。むろん、さっきの靴下はない。

2016年1月15日金曜日

十二.南太平洋編 Ⅲパプアの熊-2

十二.南太平洋編 Ⅲパプアの熊-2

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「うぁー」
背中にビリビリと電気が走り、ぶるっ、と身震いする。
「ウァン、ウァン」
と、犬が白い牙をむいて、今にも襲いかかろう、とする。
背中に汗が滲む。
「ウー」どうしょうか、どうしょうか、そうだ、石だ、子供の頃、お袋が尻から血を流して帰って来る俺に、犬に襲われたら石を投げよ!投げる真似でもいい、と言っていたのを思い出し、犬から目を離さず、ばっと、地面に手を付け、小石や砂利やら握ると、バッ、バッと無茶苦茶に投げる。すると、
と、唸っていた犬どもが、一瞬、前に出る足を止めた。
「しめた!」
と、すかさず石を拾い投げ続ける。ばっ、と地に手を付け、砂利を拾っては投げる。汗がボタボタと落ちる。大変な労力である。犬の足は止ったが、後ろには引かぬ、このままでは俺が参ってしまう。くそー、なんとかならんか、そうだ、動物は自分より強いものを恐れ、自分の身体より大きいものには向っていかぬはずだ。そうだ熊だ、熊になればいい、と、とっさにぐーっと背伸びすると、両手を高く掲げ、
「うぉー」
「うぉー、うぉー」と、腹の底から搾り出すような声をあげた。もう必死だ。
犬が吠えながら後ずさりし始めた。
「うぉー」「うぉー」
と、吠えながら前進する。犬がどんどん後ずさりする。
 前に進む熊人間、それを取り囲み吠える数匹の野犬。どっちも必死である。
 どんどん前進すると、犬が真横に見えた。吠えている。汗がボタボタと落ちる。喉が痛い。悲痛だ。
 くるっと姿勢を変えると、今度は身体を後ろ向きにして進みながら「うぉー」と吠える。犬から眼をそらしたら終りだ。一勢に襲って来る。じぃーっと犬の眼を睨みつけ、両手を上げ、後ろ向きに歩きながら吠え、どんどんと犬との距離を開けていく。犬は小刻みに前進しながら、なおも、しつこく吠えるが、確実に距離は開いていく。
道がカーブになっていた。じわじわと後ろ向きになりながらカーブを曲ると、犬の姿が一匹、二匹と隠れていき、吠える声は聞こえるが、次第に遠くなる。僕は走らず、ひたすら両手を上げ、後ろ向きになって、真暗な闇の中を悲愴な声を上げ、いつまでも、いつまでも歩いて行った。

2016年1月13日水曜日

十二.南太平洋編 Ⅲパプアの熊-1

十二.南太平洋編 Ⅲパプアの熊-1

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乗り合いトラックというのはバスみたいなものでトラックの荷台の上に客が乗り、下車する所に来ると運転席の窓ガラスをバンバンと叩く。そして金を払って降りるわけだが、中には目的地に近づくと、荷台から、パッと飛び降りる奴がいる。それをすかさず、運転席のバックミラーから見る運ちゃんは慣れたもんで、ガクン、とギアーを入れ替えウィーン、とバックする。が、荷台に乗っている者は堪らない、振り落とされそうになる。乗り逃げのおっさんは、サッ、と忍者のようにジャングルの中に消える。運ちゃんは、ペッ、と唾を吐き捨てると再び発進する。
 この乗り合いトラックに乗って僕はカメラを下げ、奥地、奥地へと入って行くのだが、ある時、あまり奥まで入り過ぎ、幾ら歩いても乗り合いトラックは来そうにもなかった。
 だんだん陽も暮れ、あたりも暗くなり始めた。
「ウォーン」
と、何処かで野犬の鳴く声がする。
「心細いなぁー」と薄暗い夜道を歩いて行く。ジャングルに囲まれた外灯も何もない道である。
「ウォーン」
 野犬の声がだんだん近づいてくるような気がする。
 僕は犬が大嫌いなのだ。子供の頃、よく犬を苛めては噛みつかれていた。尻が犬の歯型ばっかりになった事もある。それでも負けずに復讐し、爆竹やねずみ花火などを使って犬を脅していたが、その分また噛みつかれもした。だから、小さなスピッツに吠えられてもドキッ、とする。
 おかしなもので、嫌いなのは、向うの方も嫌いらしく、道の入り組んだ住宅団地などを歩いていると、遠くの方で犬が吠えている。そして、しばらく歩いて行くと、だんだんその吠える声が近づいてきて、その犬の居る家の前を通らなければ目的地に着かないようになっている。動物の第六感というのは恐ろしいものである。
 その犬の大嫌いな僕が夜道を心細そうに歩いている。すると、
「ウォーン、ワ、オーン」
と、声がしたか、と思うと、
「ウァン、ウァン、ウァン、ウァン」
と、ジャングルの中から数匹の犬が踊り出た。

2016年1月11日月曜日

十二.南太平洋編 Ⅱ土人の陰謀-2

十二.南太平洋編 Ⅱ土人の陰謀-2

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 僕もだんだんその気になり、とうとう彼女とジャングルの方へ歩いて行った。後ろを振り向くと、男が立ってニコニコと手を振っていた。 
 女は発情していた。暑いジャングルをさらに蒸し暑くすると、僕と娘はジャングルから出てきた。 
 男は近寄ると、彼女の傍へ行き何か話していた。が、ふと「ベイビー」という声が耳に残った。 
 そうか!何かおかしいと思ったら、この二人は俺の子供がほしかったのか、日本人は頭がいいから、俺の子供を出世させようってわけか、どうりで愛想がいいはずだ、このあたりに日本人混血の村長か成金でも居るのか、まんまと俺に白羽の矢が当ったわけだ、それにしても、この二人は本当に兄弟なのか、夫婦じゃないのか、よく分からんが、俺りゃ種馬にされたわけだ。そういえば、以前、東南アジアで果物かごを下げた女に声を掛けられ、事が終るとすごく喜んで果物をいっぱい貰った覚えがあるが、大体金もせびらずに、おかしいと思った。やはり、子種がほしかったんだ。それにしても髪のちぢれた目の細い子が、見知らぬ地で生きている、と考えただけでも気味が悪くなるなぁ、この二人は俺の子供にでも養ってもらうつもりだろうか、まぁ、そんな事たぁ今は何も分らんからと、自分を慰め、まぁいいや、などと思いつつも、自然に女の腹に目がいく。 
 この二人は、やはり果物をお土産に持たせてくれた。僕は何だかすっきりせず、気分が悪いなぁ、と乗り合いトラックに乗ろうと道を歩いて行く。後ろを振り向くと、二人がニコニコして手を振っていた。ニコニコするなってぇのに、不安になるじゃねぇか。

2016年1月8日金曜日

十二.南太平洋編 Ⅱ土人の陰謀-1

十二.南太平洋編 Ⅱ土人の陰謀-1

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 ウェワクというミクロネシアに近い海岸線の美しい小さな街をぶらぶらしていると、道路の向う側で
「フレンド、フレンド」
と、若い男が僕を呼んでいた。何か用事か?と思って近づくと、男はいろいろと僕に話しかけ、「俺のうちへ遊びに来ないか」と言う。「父と母が居なくて妹が一人居る。妹を抱かせる。ビールもある。御馳走もある。」と言っていた。
 何だかよく分からんが、どうせ暇だからと、彼と一緒に乗り合いトラックに乗って海岸線を走って行く。しばらく行って、トラックを降り、ヤシに囲まれた道を歩いて行くと、若い娘が一人立っていた。妹だ、と言って男は娘の傍へ行き、何かボソボソ話していたが、戻って来ると、僕に
「父と母が帰って来た」
といい、キョロキョロあたりを見廻すと、ジャングルの方を指さして、
「あのジャングルの方へ妹と行ってくれ」
と言う。妹と行ってくれ、と言っても俺はその気はない、と手を振るが、
「いや、フレンド頼む」
と、妹を僕の方へ押しつける。
 妹は若く十代だった。ポリネシア系が入っているのか、パプア人と違って、顔の堀りが深く、色もそう黒くない。それにグラマーである。その妹が、ぺたっと僕の胸にくっつき、甘えたような声を出す。膨らんだバストはピーンと張っていて、髪からは甘ずっぱい子供のような匂いがした。陽は陰っていた。

2016年1月6日水曜日

十一.南太平洋編 Ⅰのんびりパプア人-3

十一.南太平洋編 Ⅰのんびりパプア人-3

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僕はよく土人の部落へ遊びに出かけた。彼らはこの暑い気候の中を快適に居すため、海の上に家を建てていた。水上部落である。うわうわガキが居て、僕が行くと、喜んでついて廻った。ガキの多い所である。何の娯楽も仕事もなく、夜になれば電灯もないので、何にもする事がないから、子供ばかりボロボロ出来るのだろう。
 暗くなりかけると、毎晩ダンスパーティである。ラジオの国営放送から流れるパプアの音楽に合わせて、フラダンスに似たゆるいテンポの踊りを踊る。
 子供や若者が踊りだすと、部落からぞろぞろと人が集まって来る。部落中の人が集まって毎晩盆踊り大会だ。風は涼しく心地よく、星は空いっぱいに瞬いている。
 パプア人というのは仕事というのはほとんどせず、実にのんびりと暮らしている。
 ある日、朝早くカメラを下げて歩いていると、浜辺でおっさんが腰から大きな籠のビグを下げ、釣りをしていた。遠浅なのか、膝近くまで海水に浸かり、澄して釣り竿を伸ばして海に立っている。
「膝を水に浸けるよりゃ、もう少し長い棒竿でも探してくれば良さそうなものに・・・」と僕は横目で眺めながら歩いていた。
 夕方、また同じ浜辺を通ると、おっさんはまだ釣り竿を下げて朝と同じ格好で立っている。朝と違うのは、水平線が夕陽で染まりかけているだけである。
「おっさんも頑張るなぁ、沢山、釣れただろうか?」
と、おっさんのビクを覗くと、一匹も魚が入ってない。朝のまんまである。全くの無表情で立つ、おっさん。
「おっさん!いらぬ世話かも知れぬが、釣れなきゃ場所を替えるかどうかすりゃいいものを、しかし、この格好で今日一日此処に立っていたのか、よく足がふやけないもんだ、俺りゃ、今日一日いろいろあった、いろいろあったでよぉ、えっ、おっさん!」

2016年1月4日月曜日

十一.南太平洋編 Ⅰのんびりパプア人-2

十一.南太平洋編 Ⅰのんびりパプア人-2

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それに彼らは大層な寒がりで、夜、雨がボタボタ降りだすと、何処から手にいれたか、厚手のトックリの毛糸のセーターを着る。見てる方が暑くなる。そういう彼らの肌の厚さはかなりのもので、ある日、シューシューと白い蒸気を出している蒸気パイプの上を、おっさんが裸足で立っていた。熱くないのか?と見ていたが、おっさんは動く気配は全くない。一体、どうなってるんだろう?と僕は頭を傾げながら、いっとき見ていた。
 この彼らをからかうのが僕の楽しみで、よく彼らを集めては日本のプレイボーイ誌などに載っている女性のヌードを見せていた。パッ、とヌード写真を見せると
「オオー」
と歓声があがる。皆、目がキラキラとしている。さらに、
「日本へ行けば、こういう女にポンと肩を叩くと、すぐ、ヤラしてくれるゾ!」
と、でたらめ言えば、
「オゥー、ワァー」
と、さらにもの凄い歓声があがり、
「オレを日本へ連れて行ってくれ!」
「オレも日本へ連れて行ってくれ!」
と皆、身を乗りだして僕にせがむ。くわっくわっだ。
 また、彼らはよく積荷をちょろまかした。腰に巻いたサラサ(布切れ)の中にどでかいラジカセを隠すアホな奴も居る。僕はそいつらを見つけると、
「ちょっと、来い!」
と言って、暗闇に連れて行き、
「親方に言ったら、お前はクビだな」
と脅す。そして落ち込んでる土人に小声で、
「実は、俺りゃ女より男の方が好きなんだ」
と耳もとでささやく。すると、彼は一瞬、こめかみあたりをピクッと震わせる。
「な、いいだろ、親方には黙っててやるから」
と、さらに甘ったるい声を出す。土人の顔はだんだんひきつってくる。真剣に悩んで考え込んでいるようである。
「ウム・・・・・・・・・」
と唸り声をもらす。が、決心がついたらしく、暗闇の中、壁に向ってしっかりと尻を突き出し、目を瞑って歯をくいしばる。額に汗が滲んでいる。
 僕はその汚い尻を「パーン」と叩くと、
「アハハハ。汚ねぇ尻(ケツ)出すな」
と言って笑いこける。
 彼は何が?何だか分からず、いっとききょとんとしているが、
「荷を戻しとけ!」 と言うと、白い歯を出して走って行く。

2016年1月1日金曜日

十一.南太平洋編 Ⅰのんびりパプア人-1

十一.南太平洋編 Ⅰのんびりパプア人-1

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 懐かしい街並み、土人のとぼけたような顔。戻ってまいりました。僕はポートモレスビーの市場に立つ。再びニューギニア航路に乗り、第二の故郷ともいえるパプアへと舞い戻る。ヨーロッパへ登山に行く前、幾度も訪れた知りつくした街である。
 珊瑚礁と青い海、ヤシと南十字星、すべてが透き通る世界が何処までも広がっている。
「やっぱ、俺りゃ南がすきだなぁ」
韓国の凍てつくような世界から一気に南下して身体の皮をひっくり返された感じである。
 この航路は非常にゆったりとしている。日本で三週間程で積んだ荷を三ヶ月かけてパプアの街々を廻って降ろして行く。その間、僕はうろうろ出来るわけだ。
 が、もちろん停泊中の仕事もある。荷役の見張り、船体のバランスの計算である。これは日により他の航海士と交替出来るので、休みは十分とれる。それに昼間うろうろする僕は夜の見張りを主にやっていた。
 土人らは、夜中じゅう仕事をする。夜中じゅう、といっても彼らのは仕事とは言えない。半分以上はぶらぶらしているし、寝そべっている。サラサを腰に巻いた裸足の土人らが、何十人もぞろぞろ船に寝に来る。
 夜は寝そべっている彼らを踏まぬよう、気をつけて歩く。彼らは日本の沖仲師が一時間で揚げそうな荷を丸一日かけて揚げ、日本では三人で済むものを三十人ぐらい寄ってたかって、わぁわぁ言っている。
「まぁ、のんびりやってくれ、その分、俺りゃ遊びへ行ける」
と、僕ものんびり見ている。
 彼らは三十分ぐらいは真面目に仕事をするのだが、すぐ飽きるらしく、ドンドンと太鼓を叩き、輪をつくって踊りだす。荷監督の白人が、
「コリャー!」
と怒鳴ると、サッ、と散る。が、また三十分すると、ドンドンと太鼓の音が聞こえてくる。いくら言っても駄目なものは駄目である。