2015年12月30日水曜日

十.韓国編-Ⅱ凍る河-3



十.韓国編-Ⅱ凍る河-3

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「こいつらは何を見せても俺を信じないみたいだな、俺を北朝鮮のスパイか、何かと思ってるんだな」
 体格の良い大男が僕の腕を、ぐっとつかみ、テントの中へ連れて行こうとする。皆、手に機関銃を持っている。重そうな弾のいっぱい出そうなやつだ。
「うーん、あそこへ連れて行かれたら何をされるか分からんなぁ」
と、次第に僕は恐怖にかられ、「うーん」と唸り声をあげる。
 すると、少し賢そうな顔をした兵隊が、ばっと僕のカメラを取り上げると、カパッとケースをあけ、中からフィルムを取り出した。そして、「行け!」と僕の背中を強く叩いた。
「助かった!」
と、僕はゆっくりと歩きだすが、後ろを振り向くと、カービン銃を下げた兵隊が大勢立ったまま、睨んでいた。風が冷たく、荒涼とした風景の中、ひんやりと流れる。
「撃つなよ、撃つなよ・・・・・」
と、背中で呟きながら、何事もなかったようななにくわぬ顔を装い、ゆっくり、ゆっくりと歩いて行く。だいぶん歩いたところで、チラッと後ろを振り向くと、彼らはテントの方へ引きあげていた。
「助かった!」
 ほっと、肩を降ろすと、冷たい風が頬をさすった。
 寒風吹きすさぶ寒い日が続いた。大寒波が訪れた。バチバチと氷(ひょう)が降った。マイナス二十度はあろう日が続いた。空気が冷たく、瞼が凍りつくようであった。羽毛服の襟を立てて街を歩く。何かぶ厚く凍っていた。その上で子供らがソリに乗って遊んでいた。
 韓国人は寒さを知らぬようであった。きっとあのニンニクや唐辛子の食事のせいで、身体がポカポカと暖まるのだろう。
 寒くて堪らぬ僕は、なんとかこの寒さから逃れようと、食堂へ駆け込む。
 店の中はストーブをごんごん焚いて、窓ガラスが白くなっていた。家族連れが多い下町の小さな食堂である。
 壁に貼ってある、訳の分からん記号みたいな文字を指さし、
「あれとあれをくれ」
と注文すると、しばらくして親父がスパゲッティミートソースみたいなものを持って来た。良く見ると、麺はうどんみたいなやつだ。上に掛かっている紅いのはなんだろう?と口に入れてみると、
「うわぁー」
辛いのなんの、唐辛子をぬりつぶして味をつけたものだった。口から火が出るかと思った。
「こりゃ、こんなもんばっかり食ってりゃ寒かねぇや」
と胸を撫ぜ降ろして、マッカリ(韓国の焼酎)を、くいっ、と飲みほすと、再び街へ出た。
 さぁー、と冷たい冷気が頬をさすった。氷がいつのまにか雪に変り、あたり一面、真っ白である。雪が音を吸い、世界が停止したような清閑さが広がる。クリスマスが近かった。僕はふと、故郷を思い出し、襟を立て、太い太い雪の筋が降りる仁川の街を歩いて行った。

2015年12月28日月曜日

十.韓国編-Ⅱ凍る河-2

十.韓国編-Ⅱ凍る河-2

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 また、この国の女性らはたいそう男性を大事にする。部屋へ上る時は、靴下を脱がせ、湯で足の指一本一本を丁寧に洗ってくれ、どんな用事を言いつけても「はい、はい」と、よく言う事を聞く。
 床屋へ行けば、親父が散髪する間。若い娘らが両脇から手や足の指の爪を切ってくれ、それが終ると右から、左から腕や足を持ってマッサージしてくれる。これで三百円ぐらいだから何度も行きたくなるのも人情というものである。
 こうして僕はセンスのない親父に刈り上げにされながらも幾度も床屋ののれんをくぐり、完璧な刈り上げになって街や郊外へとカメラを下げて歩き廻った。
 ある日、街よりかなり離れた所で、索漠とした風景の良い所があった。
「うむ、いい景色だ」
と言いながらカメラのシャッターをさかんに押していると、ファインダーの中に人が走って来る。
「ん?」
と目を上げると、カーキ色の軍服を着た兵隊が、タッタッと走って来る。
「しまった!此処は軍事場か」
と、思うが、もう遅い。
 息を切らして駆けて来た兵隊にすっかり周りを取り囲まれてしまった。皆、真四角の顔をして目がつり上がっている。彼らが韓国語で「ワワワワ」と唾気を飛ばしながら叫ぶが何を言っているのか、さっぱり分らん。彼らは僕が言葉が分かると思っているのだ。首を傾げて「わからない」と両手をあげてジェスチャーすると、小柄な男が人をかき分けて来て、
「キャニュー スピーク イングリッシュ?(英語、分かりますか?)」
と言ってきたので、これで助かる、と思った僕は力強く、
「イエス!」
と答えるが反応がない。彼の知っている英語はそれだけだったのである。慌てて、サイフから証明書を取り出して見せると、一人が見て、その隣の奴に手渡す。そいつがまた、隣に手渡していたが、日本語と英語で書かれたものを彼らが分かるはずはなかった。後(あと)、何枚かの証明書を見せるが、皆、納得しない。僕を睨みつけている。
 僕はだんだん冷や汗が出てきた。

2015年12月25日金曜日

十.韓国編-Ⅱ凍る河-1

十.韓国編-Ⅱ凍る河-1

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仁川の街で顔を売った僕は、怖いもの知らずで街を歩いた。時折、チンピラが頭を下げて行き、すっかりいい気分で、デパートの中や下街をうろついた。街にはしゃれた韓国ギャルが多かった。
 タクシーで船と遊郭しか往復したことがないある男が街へ買い物に出かけると、道ゆく若い女性が皆、パンパンに見えてしょうがない、皆、服が透けてヌードに見える、と言っていた。かなりの重症である。
 僕は韓国ぎょうざが好きでクラウンビールという、たいそうな名の酔うと頭痛のするビールを飲みながらよく食っていた。
 ある時、見知らぬ老人が、
「先生、先生」
と言って僕に話しかけてくる。髭を生やしていたら先生に見えるのかな、と、何の先生かも聞かず気を良くして話を聞いていると、その老人は、
「先生、就職を世話して下さい」
と言う。
「就職?」
と、聞き返すと、
「ええ、日本で就職を世話して下さい」
と、真剣な顔をして言っていた。この爺さん、この歳で日本まで来て苦労したいのか、と呆れてしまうが、韓国人は日本といえば、この世のパラダイスか何か、と思っている人が多く、日本へ行けさえすればリッチに幸せに暮らせる、と思っているらしい。特に韓国ギャルの憧れは強く、日本人と結婚するのが夢だと言う女性が多いという。
 そういえば、この国は貧富の差が激しいのか、若い女性でも、全く別の世界に住んでいるように見えた。僕は遊郭の女達しか知らなかったが、街を闊歩する女性らは明らかに渋谷あたりを歩いている日本のギャルと変わりなかった。テレビで女子大生にインタビューしていたが、皆、清楚な感じのお嬢さんという感じで、
「ボーイフレンドは?」
とインタビューするアナウンサーに
「わぁわぁ」
と顔を赤くして逃げ廻っていた。
彼女らはテレビを見ている、僕の隣に座っている遊郭の娘らと、そう歳は変りなかった。
 このお嬢さん方はほとんどがクリスチャンである。上層の人達はクリスチャンが多いから、この国は風俗にうるさいのだろう。それじゃ、私は何を信じたらいいの?と女郎の女達も言いたくなるものである。

2015年12月23日水曜日

十.韓国編-Ⅰ人々の中で-9

十.韓国編-Ⅰ人々の中で-9

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もうひとつの僕の楽しみは遊郭に屯(たむろ)するポン引きらをからかう事であった。例の僕が転(こか)した男はポン引き仲間の嫌われものだったらしく、彼を転した日本人、といって僕はポン引き仲間では有名になっていた。皆、僕を尊敬しているようだった。
「奴はあなたに復讐する、と言っていたが、警察につかまってしまった。前科があるから二、三年は出れまい」
と言っていた。
「奴が居なくなって、商売がし易くなった」とも言っていた。
 こうして僕はポン引きらに
「ワダサン、ワダサン」
と慕われ、遊郭の廊下をドテラを羽織り威張って歩いた。
そして、よく女将と彼らと奥の部屋でコタツに入り、ミカンを食いながらテレビを見ていた。韓国放送は、前放送が終ると、日本でいうところの国旗掲揚の時、国歌とともに戦車や兵隊が次々と行進する。その時、ポン引きの男らは全員立ち上がり、拳を振って一斉に国歌を歌いだす。大声張りあげ熱気ムンムンである。僕はドテラに包まってコタツの中に丸くなって彼らの歌声を聞いていた。毎晩寝る前にあんなに興奮したら眠れまいに・・・・と思うのだが、それにしても韓国の教育というか、愛国心というか、すごいものである。戦前の日本みたいだな、と思ったりもした。

2015年12月21日月曜日

十.韓国編-Ⅰ人々の中で-8

十.韓国編-Ⅰ人々の中で-8

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丁度、その遊郭に同じ船の者が来ていて、
「あれは、船(うち)の和田の声に良く似てる」
と言い、女に、
「向うの部屋で『アハハハ』と、笑っているのは日本人じゃないか?」
と尋ねると、
「いや、あそこに居るのは台湾人」
と答える。
「ふーん」
と彼は言っていたが、また聞こえるあの声は、やはり和田に違いないと、
「あれは、船の仲間だ、ちょっと行って来る」
と立ち上がると、女はズボンを握り、
「いや、やめた方がいい、あの台湾人は人相の悪い大男だ」
と真剣に止める。
「どんな人相だった?」
「長髪で髭を伸ばして大きい顔だった」
「そりゃ、間違いない、和田だ」
と、確信を持った彼は、僕の部屋へ入って来たので、
「やぁー偶然だなぁー」
と、僕ら二人はワイワイ言いながら一杯飲み始めた。すると、それを聞きつけた女将が、
「あなた、ニッポン人か?」
と血相を変えてやって来た。
「いや、俺は日本の船に乗っている台湾人」
「そうか・・・?」
「それにしても、あなた、ニッポン語うまいネ」
「わたし、パパさん台湾人、ママさん日本人ね」
「んん・・・・・・・・?」
傍に居るおっさんは二人が何を言ってるのか、さっぱり分からずポカーンとしている。
 金は先に払っている。今さらばれては大変だ。それにしても、日本語で台湾人、と言って信じる方もおかしい、とは思わないか!?
 こうして僕は何軒か、建物を選び、宿を変えた。とにかく、裏びた所が好きなのだ。それに性格の悪い僕は彼女らの身の上話を聞くのを楽しみにしていた。
「うむ、うむ」
と頷きながら聞いてやると、彼女らはカタコトの日本語で涙を拭き拭き、身の上話を語った。薄幸な女が多かった。親から売られた話、恋人に裏切られた話、などなどといろいろだった。田舎の寒村の娘が多かった。

2015年12月18日金曜日

十.韓国編-Ⅰ人々の中で-7

十.韓国編-Ⅰ人々の中で-7

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「こりゃ、何か?」 
と女に尋ねると、 
「ここに、スル」 
と言う。 
「冗談じゃねぇ、こんなもので出来るか!」 
と怒鳴りちらし、カーンと洗面器を蹴飛ばす。すると、女は 
「デキルヨ!」 
と叫ぶと、パッとスカートと下着を脱ぎ捨て、前かがみになり、大きく足を広げ、ジョゴジョゴと迫力満点の音を立てて放水しだした。目の前をキラキラとした一本の筋が流れた。金属の洗面器がパンパンと鳴った。部屋が狭く密閉しているからか、その音は甲高く響いた。僕は放心状態で、飛ぶ一本の筋を眺めた。 
 それは金子光晴が『洗面器』という詩の前書きに、嫖客の前の前で、しゃぼりしゃぼりとさびしい音を立てて尿をすると書いた、広東の女の風情とは天と地ほどの差があった。 

       洗面器のなかの 
       さびしい星よ。 
       くれてゆく岬(タンジョン)の 
       雨の碇泊(とまり)。 

・・・と詩人は歌ったが、僕の場合は、洗面器のなかのけたたましい音よ、だった。 
「うーん」 
声が出なかった。完敗である。 
「勝てんなぁー」 
と、呟くと、しょうがないので、痩せた骨の触る女を引き寄せた。 
そして、どうという事もなく当り前に金を払うと、女と女将が、あの時あんなに高く見えた赤壁の前に立って手を振り、いつまでも僕を見送った。 
その後、僕はこの勧告の遊郭の裏びた雰囲気が気に入って、時々、遊びに出掛けるようになった。女、というよりも建物などの雰囲気の良い所を選んで行った。 
日本人と言えば、ぼられる事は間違いなかった。そこで僕は台湾人、というふれ込みで遊郭ののれんをくぐった。 
「ワタシは台湾人だ、台湾人だ」 
と日本語で何度も言い、 
「台湾人だから安くせよ!」 
と、また日本語で叫ぶ。 
こうして台湾人の客は、部屋でワイワイ言って女と日本語で喋りまくり、 
「ワハハハ」 などと、気分のいいもんである。

2015年12月16日水曜日

十.韓国編-Ⅰ人々の中で-6

十.韓国編-Ⅰ人々の中で-6

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 女将が「ワワワワ」と叫ぶと、僕を取り巻いていた女、小僧らは、ザァーと波が引くように奥へ消えて行った。
「いやぁ、とんだ目にあった」
と服を直していると、さっきまで目を三角にして「ワァワァ」行って僕をつかんで離さなかった女が、急にニヤニヤして僕の腕を持って甘えた声を出している。現金なもんだ。
 しかし、僕はまだ諦めてはいなかった。チラッチラッと戸の方を見ると、さっきは慌てて気づかなかったが、鍵といっても錠を降ろしているだけである。
「うむ、あれなら簡単に外に出れるなぁ」
と、観察していると、女将が、
「悪かった、悪かった、まぁ奥で茶でも飲んでくれ」
と言うので、女に案内され窓のない小さい一戸建ての部屋に入る。床にオンドルが敷いてあった。
 コタツの中に入って煙草を吸い、じぃーっと女の顔を見る。
 俺をカフェーだと言って騙した女、鬼のような顔をして叫んだ女、髪を振り乱して俺をつかんで離さなかった女。
「うむー、こういう女を抱く気にはなれんなぁ」
と煙草の煙の向うで揺れる女を眺めては、煙を吐いていた。
「よし、隙をついて逃げてやれ」
と、再び決心を固めた僕は、作戦を練ると、
「おい、茶をもう一杯くれ!」
と、女に言う。
女は外へ出て行くが、しっかりと鍵を掛けていき、その時、僕の靴を持って行ってるような気がした。
「うむ、なかなかやるなぁ・・・」
 あの靴はゾックだから惜しくもない、裸足で逃げれば良い、靴など何処ででも売っているわい。
 女が茶を持って入って来た。湯気が立っているウーロン茶のような茶色い茶をすすりながら、さて、どうしたもんか?と案を練る。そうだ!便所へ行く、と言ってそのままずらかればいい、うむ、これでいい。
「おい!便所は何処か?便所へ行く」
と、女に言うと、女はしばらく考えていたが、すぐ、戸を開け、
「ワワワワワ」
と、叫んだ。そして、戸が開いたかと思うと、昔の金属(かね)の洗面器を小僧がほったり投げた。・・カランカランと転がる洗面器。デュマイでビールを入れられた、あの洗面器だ。

2015年12月14日月曜日

十.韓国編-Ⅰ人々の中で-5

十.韓国編-Ⅰ人々の中で-5

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と言って指さすと、そこには、しっかり“加工加茶コカコーラ”と書かれた赤い看板がかかっていた。

「うむー」
と思っているところへ女は僕の手を引いて木戸の内へと入る。そして、門を潜ったとたん、女はバタンと戸を閉めると、ガチャガチャと素早く錠を掛け、「アワワワワ」と大声の韓国語で叫んだ。すると、奥から「わぁー」と女やら小僧やらが出て来た。来るやいなや、僕が来ている羽毛服をバッとつかんだ。
「こりゃいかん!」
と、とっさに思うが、その時すでに数人の女やら小僧やらが、僕の羽毛服をしっかりと握りしめていた。羽毛だから握り易いのか、ぐっとつかんでいる。
「いやぁ!」


「くぅー」
と身体を振るが取れない。虫かなんかにくっつかれてる感じだ。真赤な羽毛服を着て髭を生やした男を数人の女、小僧らが輪になって必死につかむ。

悲痛の声を上げる。男なら殴り投げ飛ばすところだが、女、子供を殴るわけにはいかない。
「むぅー」
と、必死の力を振りしぼり二メートル程の赤壁に飛びつく。クライマーだ、この位の壁は登れる。
 が、彼女らは、ぐっ、と握った手を離さない。壁にぶら下った僕を、女達がつかまえて引きずり降ろそうとする。
「うむー」
 まるで、地獄に引きずり込まれていくようだ。羅生門である。天気は悪い。どんよりとしたグレーの雲が掛かっている。
 壁にぶら下って息をする。
「ゼーゼー」
下の方でも
「ゼーゼー」

と吐く息が聞こえる。

 彼女らは吸いついたように離れない。羽毛のつかみごこちが良いのか、スイス製の羽毛服が引き破れそうだ。
「まてよ?この三万円はする羽毛服を引き破るよりゃ、女郎屋代の方が安い。せいぜい一万円だ。」
と、素早く頭の中で計算した僕は、女郎屋代よりは羽毛服代を取って、パッ、と塀から手を離す。そして、
「わかった、わかった」
と、手を振り、女将らしい女に、
「わかったから、もうやめさせろ」
と言った。

2015年12月11日金曜日

十.韓国編-Ⅰ人々の中で-4

十.韓国編-Ⅰ人々の中で-4


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それを、二、三度繰り返すとゲイトには誰も居なくなった。誰も居なくなったゲイトを、ポケットに手を突っ込んで口笛を吹きながら歩く。
「いやぁ、さっぱりした、さっぱりした。」
と、僕はご機嫌である。しょっぴかれた奴らは当分は出れまい。その頃には俺の船も港を出るだろう。「やっぱり俺は頭がいい」と髭を撫でながら歩いていると、今度は女が直接営業に出やがった。
 少し歳をくった痩せた女だった。長いショールを頭からかぶり、薄いカーディガンを胸元でかき合わせているのが、寒々しさをそそった。
 僕はやはり知らぬ顔をしてスタスタと歩いてゆく。小雪の舞う寒い日だった。河はまだ凍ってはいなかった。
 二時間も経っただろうか、相変わらず女は呆れるほどの忍耐強さでついて来た。乾いた肌に痛いほどの風が埃っぽい街のあらゆるものに吹きつけている。
 後ろを振り向くと、女が寒そうに手をこすりながら身体を丸めている。足には薄いサンダルを履いていた。
「サムイヨー。オナカスイタヨー。」
と、女は日本語で言い続けた。
 僕はだんだん「かわいそうだなぁ・・・」と思い始め、
「女郎屋へ行くつもりはない」
と言って彼女に小銭を握らせようとするが、
「お金はいらない」
と言う。
「何か暖まるものが食べたい。あなたと食べたい。」
と、いじらしい事を言うので、さすがの僕もほろりとなり、
「それじゃ何か奢るわ。」
と言って、食べ物屋に入りかけると、女は、
「私の知っているオイシイところあるよ」
と言って歩き始めた。おとなしくて薄幸そうな女だと思った。
 下街の高い壁のある露地へ出た。
「此処!」
と、女が指さしたので見ると、二メートルほどの高さの、昔ながらの赤レンガの壁があり、鉄格子のような開き戸がついていた。いかにも、あやしげな構えである。
「此処は女郎屋じゃないんか?」
と言うと、
「ちがうよー、あそこ見てよ」

2015年12月9日水曜日

十.韓国編-Ⅰ人々の中で-3

十.韓国編-Ⅰ人々の中で-3


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韓国語でポン引きが捲し立てるが、さっぱり分らん。それに、うるさい。文句を言われる筋合いはない。「向うへ行け!」と手で追い払うようにすると、彼が殴りかかってきた。
 その彼の胸ぐらを「はっ!」とつかみ、足払いを掛けると、彼はバタッと転げた。さらに上乗りになり、得意な柔道の首締めを掛けて「どうだ!」と言って彼を突き離すと、彼は「ゼーゼー」と息をしていた。その場はそれで良かったが、困った!仕返しがあるかも知れない。街へ行けなくなってしまった。人数でかかってきたら堪らない。
「うむー」と考えた末、船から警察へ電話して、「ゲイトの所にポン引きが居て街へ出れない」と通報する。韓国ではポン引きはごはっと、即、逮捕である。
 この国は女郎屋がゴロゴロ有るくせに、表向きは風俗に厳しいのだ。テレビにはキスシーンもでない。むろんポルノ雑誌もない。エロ本を韓国に持ち込むと逮捕される。
 船が韓国の港に着くと、船内に貼ってあるヌード写真を外さなければならないし、図書室にあるヌード写真の載る雑誌等は皆、何処かへ隠す。それほど風俗にうるさい国なのだ。
 エージェント氏いわく、
「韓国は朴大統領下、国民一体となって清い国を創っている。」
 なんで、そんなに清い国が女郎屋だらけでポン引きがうろうろしているのか、と言いたくなるもんだ。
 さっそく、警察へ通報すると双眼鏡で船からゲイトを覗く。
「来た、来た」
 パトカーが乗りつけると、バッと蜘蛛のように散るポン引き。何人かが捕まりパトカーに引きずり込まれる。
 また、いっときすると、パラパラと人数の減ったポン引きが集まって来る。ぼそぼそと何か話しているようだった。
 だいぶん揃ったところへ、また警察へ電話する。バッと逃げるポン引き、それを追う警官。手に木刀を持っている。

2015年12月7日月曜日

十.韓国編-Ⅰ人々の中で-2

十.韓国編-Ⅰ人々の中で-2


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 とにかく安いので、あまり文句は言えないが、本当に何でも安い国である。 
 船の荷役も岸壁にクレーンがあるが、クレーンは動かずに荷役人夫が船底から荷を運び出していた。クレーンを動かすよりは、人夫の人件費の方が安いのだそうだ。おかげで、出航は遅れ、長い長い停泊となった。 
 ある時、骨董品を買おうと、十万円程エージェント(代理店)に両替えしてもらったら、皆五百ウォン札でくれた。すごい札の量である。サイフに入りきれない札束をGパンのポケットや胸のポケットにねじ込んで歩いていると、風がビューと吹き、ポケットの札束がパァーと宙を舞った。空一面に舞う札束。「きれいだなぁー」と花びらのように風に飛び、流れる札束を見ては、一瞬の出来事にぽやーっとしていると、何処から集まって来たか、韓国人がわぁわぁ言いながら、僕の札束を拾っていた。車が止り、一時、通りがパニックになった。「はっ!」として、札束を拾うが、ごわごわになって両手に抱えきれない程の札束を数えてみると、だいぶん少なくなっていた。 
 仁川の波止場のゲイト(門)の所にポン引きがたむろしていた。かなりの金になるらしく、ゲイトを出る外国人を皆、車に引きずり込もうとする。 
 七十歳近い船医の爺さんがゲイトでポン引きに抱え上げられ車にほうり込まれ、遊郭で捨てられたらしいが、役に立たぬ爺さんは孫のような女と茶を飲んで金を払って帰ったという。 
 僕はこのうるさいポン引きに頭を焼いていた。ゲイトを出ると、わぁわぁハエのように寄ってくるポン引きを睨みつけて街へ出るが、ある時ハイエナのようにしぶといポン引きが一人、街をゆく僕をつけ廻した。 
「うるさいから、あっちへ行け!」 
と言うが、行かない。ついて来るのは勝手だからと、ほっておいたら、今度はそのポン引きが僕に文句を言い出した。彼は僕が遊郭へ行くもんだ、と思ってついて来て、僕が遊郭へ入った時、ドサクサにまぎれて、そこの女将に「客を連れて来た」と言って、金をもらうつもりだったのだろう。それが、僕が一向に遊郭へ行く気配がないので、頭にきたのだ。

2015年12月4日金曜日

十. 韓国編 Ⅰ人々の中で-1

十.韓国編-Ⅰ人々の中で-1


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韓国の下町の風景が好きである。寒々とした中、着膨れした年寄りが立ち、子供らが元気良く遊ぶ。夕方ともなれば、各家々が七輪を出して家の前でバタバタと扇ぎ、街は靄が掛かったようにぼやける。土塀造りの家々がうっすらとベールに包まれる。瓦(かわら)瓦(がわら)の屋根が見え、コートの襟を立てて労働者が家路へと急ぐ。何か、ざわざわとした人間臭さを感じさせる街である。
 僕は良く仁川の下町をうろうろとした。下町の雰囲気が好きなのだ。この国ばかりは顔立ちが似ているので、じろじろ人に見られたりする事もなく、何処へでも歩いて行けた。何も喋らなきゃ分らないし、格好ももともとリッチじゃない。
 それでも交番の前を通りかかると何処からか、ひょい、と手が伸びてきて、襟首をひっつかまえられ、交番の中へ引きずり込まれる。警官が早口の韓国語でベラベラと怒鳴りちらすが、向うは僕が分かる、と思って喋っているのだろうが、僕には雑音にしか聞こえなかった。
 身分証明書を見せると透かして見ていたが、何も処分はされなかった。迷惑な話である。韓国では長髪が禁止なのだ。それが容疑らしいが、中学校じゃないぜ、ほんまに。
 僕は骨董品が大変好きで、韓国での骨董屋廻りを楽しみにしていた。偽物が多かったが、忠実(まめ)に歩けば戦争のどさくさに中国から渡って来た掘り出しものがあった。が、良い品物を見つけても値切るのが大変で、店の親父と知恵比べとなり、何度も騙されかかって、「こりゃアラブ人と変わらんわい」と、ますます韓国人に警戒心を増すようになった。
 骨董品ではないが、既製の品物はコピーが多く、ズボンを買ったらチャックにはYYKと書いてあり、スポーツウェアを買えばアダダスと英語で書かれてあった。実に紛らわしい。
 登山用具店を見つけたので、羽毛服を買うと、鶏の毛みたいなものが入っていた。ハーケンやザイルも買ったが怖くて使ってない。

2015年12月2日水曜日

九.オーストラリア編 Ⅱ 原始人の島-2

九.オーストラリア編 Ⅱ 原始人の島-2



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が、今回は爆竹をならすわけにはいかない。彼らの視線を外し、澄して歩いて行く。砂煙がいやらしい。
すると、彼らの方から、猿人の若い男が、
「ワダ!ワダ!」
と叫び、駆けて来た。俺の名を呼びながら駆けて来た。一瞬、全身に水をかぶったような寒気が襲い、
「何故?俺の名を呼びながら駆けて来るのか?俺りゃ、猿人なんぞに知り合いは居ないぞ!」
と、突然の気味悪さと、不思議さとで、何が何だか分らなくなり、慌てて駆け出す。
 後ろを振り向くと、男がさらに追い駆けて来る。慌てて後ろを振り向き、振り向きながら何が何だかわからず、とにかく駆ける。砂塵が舞う。
 幾らか走ると、後ろの男も諦めたか、歩行を緩め、止ったが、僕はまるでミステリーゾーンの世界にでも迷い込んだように気味悪くなった。
 あの時、猿人が叫んだ「ワダ!」という言葉は、本当に僕の名を呼んだのか、それとも原地語に何か意味のある言葉があるのだろか、訳の分からぬ事ばかり起る、島の太陽は幾つも霞み、砂風ばかり吹きまくっていた。