こうして中野の就職の世話に飽きた僕は、中野に飯を食わせるぐらいなら、女の娘にでも食わせた方がまだましだと、飯をたかる中野を避け平和に暮らしていた。
その後、奇想天外の山さんから中野が就職したという話を聞いた。別府のホテルの営業ということであった。
「ホテルの営業をしてもあまり勉強にならないし、休日は遊びに行けまいに」
と僕が言うと山さんは
「いや、そのホテルのオーナーが大層中野を気に入って、働いてくれるように頼んだらしい。中野は、そこまで、こんなわしみたいな男を気に入ってくれるならと、そこで働くことを決めたと浪花節に出てくるようなことを言っていた」
と言う山さんの話を僕は
「ふーん」
と聞いていたが、あいつがそんなことを言ったかい・・・?と、どうも納得できずにいた。
この神話は後に完璧に覆されるが、ともかく中野は某大手ホテルの営業マンとなった。
船乗りの洋一が
「おい!中野がホテルに勤めることになったらしいなぁ?」
と僕に聞くので
「うん」
と答えると
「ふーん、そりゃ何かあるなぁ・・・中野がホテルねぇ・・・?」
と、刑事コロンボみたいな顔をして無精髭を撫でていた。
その後、洋一が中野と会った時
「おい、中野!お前、ホテルで女風呂が覗けるやろ?」
と言うと、どうして知ってるんだ?という顔をしながら
「あんた、よう知っとるなぁ・・・見とるんやないんかい?」
と答えていた。
「は、はーん、やっぱりお前、それがあるからホテルなんかに勤めたんだろう?」
と洋ちゃんに見透かされたように言われると、中野は頭を掻きながら
「そうやぁ」
とニタニタしながら答える。そしてすかさず
「しかし・・・最近の若い娘はええ身体しとるなぁ。身体の線が違うみたいやなぁ。なんでやろう?食い物が違うからかなぁ・・・?」
とムキになって喋っていた。
こうして彼はホテルの営業マンとして、学生ズボンではないか?と思われる黒いズボンに、それと似通った黒っぽいブレザーを着て、僕のあげたスカイブルーのネクタイを締めると
「どうかい、スーツに見えんかい?」
と言っていたが、今時、アイロンの掛け過ぎでテカテカ光るズボンをはいている人間も珍しいが、ブレザーは、ズボンとは色は似ていても生地は全く別のものであった。
彼の仕事は、会社や公共施設を廻り団体客を取ってくることであったが、彼に言わすればホテルの“名前”が通っているので皆、“名前”で使ってくれるということであった。
その別府でも大きい方のホテルには確かに客が多く、休日や連休なぞはさばききれない程だという。