このブログは一つの物語です。
彼、中野雄二は僕の親友の中の一人である。僕らの仲間で変わっている、というのではピカイチである。おもしろいことに彼は自分が正常で、他の人らが変わっていると思っていることである。不幸である。
彼とは僕が二十位の頃に街の山岳会で知り合ってからの付き合いである。恐ろしいことにひとつも変わってない。彼には進化論は通用しなかったのである。
彼は土佐の生まれである。日本中捜して、此処しか受かる所がなかった、と言って某大学に通っていた。その大学で留年した、というのも珍しいことであった(在学中にネパールへ行っていたという事もあるが・・・)。
彼はわりと街中の四畳半一間のアパートに住んでいた。そこは、まさしくごみ溜めで、座る所がなく、毎年布団の下は畳の色が変わっていた。冷蔵庫を開けると包丁だけが入っていた。冬は寒く夏は暑かった。
僕はよく彼を連れて飲みに行っていたが、家が遠いため、よく彼のアパートへ泊まっていた。
真冬の吹雪の舞う寒い夜であった。寝袋に入って寝ているが、寒くて目が覚める。見ると窓が開いて雪が風とともに舞い込んでいる。
「さみいなぁー」
と窓を閉めるが、また、寒くて目が覚める。ふうー、と起きあがると、また窓が半分開いて
いる。「おかしいなぁ・・・・?」と、思いつつ窓を閉めるが、また、開くといった具合である。
翌朝、彼に聞いてみると、「冬山訓練だから開けて寝るようにしている」と言う。よく、あんなセンベイみたいな布団で寒かないなぁ、と感心してしまう。
夏は蒸し暑く、じっとしていると、たらーと汗が額を流れ、蝉が「ミーン、ミーン」と鳴きでもすれば、気が狂いそうになる。とても人間が、すこやかに眠れる環境ではなかった。すると中野は「わしは此処で快適に寝る方法を発見した」と、偉そうにいうので聞いてみると、まず共同炊事場で水を浴び、それを拭かずに扇風機にかかりながら眠る、ということであった。身体に付いた水滴を拭かぬ、というのがコツであり、水分が蒸発して身体が乾いて暑くならないうちに眠り込む、というのがポイントらしい。まぁ、特別たいしたことじゃ、ない。
また、彼には妙な癖があり、夜、寝る時に素っ裸になって寝ることであった。これは春夏秋冬を問わず、また、他の家で客人として練る時も、素っ裸になって寝る。さすがに、氷点下の冬山で、素っ裸になっているのを見たことはないが、この癖は現在もなお進行中である。
「どうして、裸になって寝るのか?」と何度か尋ねたことがあるが、「この方が、気持ちが良い」としか言わないが、本人は気持ちよいかもしれぬが、見てる廻りの人間は気持ちの悪いものである。
ある冬の最中、彼の下宿を訪ねると、部屋の真ん中で電気ゴタツを立てて、両手であぶっていた。外には小雪が舞っていた。「何してんのか?」と尋ねると「コタツ布団がないんや!」
と中野。「それなら、普通の布団をコタツ布団にすりゃいいじゃねえか?」と言うと、彼は、ポン、と手を叩き「そうか!あんた、頭がいいな」と感心して、僕が女郎布団と名づけている煮染めた色の花柄のペッタンコの布団をひっぱりだしていた。
また、ある日、太田三郎という歯科技工師をしている同じ山岳会の友人が、彼のアパートへ遊びに行くと、中野が「腹が減ったからボンカレーでも食おうか」と言ってナイフを出す。すると、三郎が「何故、俺のナイフが此処にあるのか?」と尋ねる。中野は「しまった!」という顔をして慌ててナイフを直そうとするが、もう遅い。が、そこは仲の良い友だち同志のことで、「そうか、あんたのか・・・」で済むが、また他の友人の名前の書いたコッヘル(アルミニウムの皿)に飯を入れ、異なった種類のカレーを別々に食う。食いながら中野が時々
「どうもないかい?」
と尋ねる。
「どうもない」
「ふーん」
「旨いかい?」
「ああ」
食っているのに、「うるさいなぁ」と三郎が言うと
「へえ、どうもないんやなぁ・・・?」
と中野が小さく呟き、感心したように頭を横に傾ける。
「何か!?」
と三郎がいぶかしそうに睨みつける。
「いや、なんでもない」
と中野は慌てて手を振って三郎のカレーを覗き込む。
「あー食った、食った」、
と二人とも食い終わって満足げである。そして中野は膨らんだ腹を出して寝っ転がると
「そのボンカレーは二年前から此処にあったんやが、大丈夫やったんやなぁ・・・食っときゃ良かった」
と腹一杯、満足げの顔で言う。
「なに!お前のもそうか?」
三郎が怒りながら尋ねると、
「いや、これは昨日、買ってきた」
そういえば中野の部屋で電気ポットにインスタントラーメンをバリバリ砕き、押し込んで食った覚えがあるが、まずかった。温度が上がらずのびのびとなったようである。
山下というオカルト好きの友人と二人でヨーロッパアルプスのマッターホルンに登りに行った時、炊事当番の中野がコッフェル鍋を洗わずに次から次へと料理を炊くもんだから、いろんな料理の滓がコッフェルの回りにこぶり付き、ぶ厚くなって、いろんな料理の味が混じって仕舞いにはなにがなんの味かは分からなくなったという。
その後、彼らは中野が汚れたパンツをテントの中に散らかすので別れた。
ところが、世の中には変わった男も居るもので、ケチで有名な他の山岳会の奴であったが、天気の良い日曜日、僕と彼が中野のアパートへ登山の誘いに行った。
彼は初めて中野のアパートに入ると、その散らかりように感激した。そして、今日は山へは行かずに此処を掃除する、と言いだした。こういう汚いのはほっておけん、掃除をしたくなって身体がむずむずするという。
へえー 変わった趣味の奴が居るもんだなぁまあ、好きなようにすりゃいいわ、と中野と二人で山へ行き、陽も暮れかかった夕刻、アパートへ帰ってみると、な、なんと部屋がきちっとかたずき、万年布団の上げられた、跡のみごとに色の変わった畳の上に丸々に膨らんだブルーのビニール袋四つが窓からの斜陽に当たり、紅く染まっていた。そして彼は居なかった。
彼、中野雄二は僕の親友の中の一人である。僕らの仲間で変わっている、というのではピカイチである。おもしろいことに彼は自分が正常で、他の人らが変わっていると思っていることである。不幸である。
彼とは僕が二十位の頃に街の山岳会で知り合ってからの付き合いである。恐ろしいことにひとつも変わってない。彼には進化論は通用しなかったのである。
彼は土佐の生まれである。日本中捜して、此処しか受かる所がなかった、と言って某大学に通っていた。その大学で留年した、というのも珍しいことであった(在学中にネパールへ行っていたという事もあるが・・・)。
彼はわりと街中の四畳半一間のアパートに住んでいた。そこは、まさしくごみ溜めで、座る所がなく、毎年布団の下は畳の色が変わっていた。冷蔵庫を開けると包丁だけが入っていた。冬は寒く夏は暑かった。
僕はよく彼を連れて飲みに行っていたが、家が遠いため、よく彼のアパートへ泊まっていた。
真冬の吹雪の舞う寒い夜であった。寝袋に入って寝ているが、寒くて目が覚める。見ると窓が開いて雪が風とともに舞い込んでいる。
「さみいなぁー」
と窓を閉めるが、また、寒くて目が覚める。ふうー、と起きあがると、また窓が半分開いて
いる。「おかしいなぁ・・・・?」と、思いつつ窓を閉めるが、また、開くといった具合である。
翌朝、彼に聞いてみると、「冬山訓練だから開けて寝るようにしている」と言う。よく、あんなセンベイみたいな布団で寒かないなぁ、と感心してしまう。
夏は蒸し暑く、じっとしていると、たらーと汗が額を流れ、蝉が「ミーン、ミーン」と鳴きでもすれば、気が狂いそうになる。とても人間が、すこやかに眠れる環境ではなかった。すると中野は「わしは此処で快適に寝る方法を発見した」と、偉そうにいうので聞いてみると、まず共同炊事場で水を浴び、それを拭かずに扇風機にかかりながら眠る、ということであった。身体に付いた水滴を拭かぬ、というのがコツであり、水分が蒸発して身体が乾いて暑くならないうちに眠り込む、というのがポイントらしい。まぁ、特別たいしたことじゃ、ない。
また、彼には妙な癖があり、夜、寝る時に素っ裸になって寝ることであった。これは春夏秋冬を問わず、また、他の家で客人として練る時も、素っ裸になって寝る。さすがに、氷点下の冬山で、素っ裸になっているのを見たことはないが、この癖は現在もなお進行中である。
「どうして、裸になって寝るのか?」と何度か尋ねたことがあるが、「この方が、気持ちが良い」としか言わないが、本人は気持ちよいかもしれぬが、見てる廻りの人間は気持ちの悪いものである。
ある冬の最中、彼の下宿を訪ねると、部屋の真ん中で電気ゴタツを立てて、両手であぶっていた。外には小雪が舞っていた。「何してんのか?」と尋ねると「コタツ布団がないんや!」
と中野。「それなら、普通の布団をコタツ布団にすりゃいいじゃねえか?」と言うと、彼は、ポン、と手を叩き「そうか!あんた、頭がいいな」と感心して、僕が女郎布団と名づけている煮染めた色の花柄のペッタンコの布団をひっぱりだしていた。
また、ある日、太田三郎という歯科技工師をしている同じ山岳会の友人が、彼のアパートへ遊びに行くと、中野が「腹が減ったからボンカレーでも食おうか」と言ってナイフを出す。すると、三郎が「何故、俺のナイフが此処にあるのか?」と尋ねる。中野は「しまった!」という顔をして慌ててナイフを直そうとするが、もう遅い。が、そこは仲の良い友だち同志のことで、「そうか、あんたのか・・・」で済むが、また他の友人の名前の書いたコッヘル(アルミニウムの皿)に飯を入れ、異なった種類のカレーを別々に食う。食いながら中野が時々
「どうもないかい?」
と尋ねる。
「どうもない」
「ふーん」
「旨いかい?」
「ああ」
食っているのに、「うるさいなぁ」と三郎が言うと
「へえ、どうもないんやなぁ・・・?」
と中野が小さく呟き、感心したように頭を横に傾ける。
「何か!?」
と三郎がいぶかしそうに睨みつける。
「いや、なんでもない」
と中野は慌てて手を振って三郎のカレーを覗き込む。
「あー食った、食った」、
と二人とも食い終わって満足げである。そして中野は膨らんだ腹を出して寝っ転がると
「そのボンカレーは二年前から此処にあったんやが、大丈夫やったんやなぁ・・・食っときゃ良かった」
と腹一杯、満足げの顔で言う。
「なに!お前のもそうか?」
三郎が怒りながら尋ねると、
「いや、これは昨日、買ってきた」
そういえば中野の部屋で電気ポットにインスタントラーメンをバリバリ砕き、押し込んで食った覚えがあるが、まずかった。温度が上がらずのびのびとなったようである。
山下というオカルト好きの友人と二人でヨーロッパアルプスのマッターホルンに登りに行った時、炊事当番の中野がコッフェル鍋を洗わずに次から次へと料理を炊くもんだから、いろんな料理の滓がコッフェルの回りにこぶり付き、ぶ厚くなって、いろんな料理の味が混じって仕舞いにはなにがなんの味かは分からなくなったという。
その後、彼らは中野が汚れたパンツをテントの中に散らかすので別れた。
ところが、世の中には変わった男も居るもので、ケチで有名な他の山岳会の奴であったが、天気の良い日曜日、僕と彼が中野のアパートへ登山の誘いに行った。
彼は初めて中野のアパートに入ると、その散らかりように感激した。そして、今日は山へは行かずに此処を掃除する、と言いだした。こういう汚いのはほっておけん、掃除をしたくなって身体がむずむずするという。
へえー 変わった趣味の奴が居るもんだなぁまあ、好きなようにすりゃいいわ、と中野と二人で山へ行き、陽も暮れかかった夕刻、アパートへ帰ってみると、な、なんと部屋がきちっとかたずき、万年布団の上げられた、跡のみごとに色の変わった畳の上に丸々に膨らんだブルーのビニール袋四つが窓からの斜陽に当たり、紅く染まっていた。そして彼は居なかった。