2011年5月29日日曜日

ワタの旅と冒険-6 (太陽の国-1)


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ワタの旅と冒険-1 


太陽の国002

 この旅では次々に日本人の一人旅の学生と知り合った。
 最初にバルセロナの駅で会ったのは、気のいい英文の学生で、そいつの口ぐせは「メイビーパハップス」というのだった。
 「たぶん」と言う事なら「パハップス」か「メイビー」かどちらか言えばいいのに両方言うのはよほど自信がない奴だろう、と思った。
 その男と二人で歩いていたら、「日本人がおった、日本人がおった」と、西部劇のカウボーイがかぶるような帽子をかぶった色男でおっちょこちょいの学生がやってきた。この男が喋る事は女の話ばかりだった。道を歩いていても、きれいな女がいると、そいつが忽然といなくなって、しばらくは帰って来ない。
 もう一人はマドリッドへ向う汽車の中で僕ら三人と出会った。この男は、おとなしい男でケンブリッチに留学しているという。旅行は好きじゃないが、イギリスビザの期限が切れ、どうしても三ヶ月間イギリスを離れ再入国しなければならない、と言っていた。おそろしく真面目な男で「こんな旅行なんか好きじゃないけれど・・・」とブツブツ言いながら本を読んでいる。見ると旺文社の『傾向と対策』だった。なんでこんなものを読みよるんか?と聞くと、
「ぼく、帰って東大受けるんだ」
と、言うので、
「東大よりケンブリッチの方がハクがつこう」
と、言うと、彼は
「いや、東大の方がハクがつく」
と、力強く答えた。

 シャモニーの、一日中、雲のかかった、うっとおしい街とうって変り、ぬけるような青空と賑やかく、鮮やかな色彩の街、マドリッド。
同じ所に四人泊ると安いからと、一緒にホテルを探すと、彼らも安いホテルを探すのになれているらしく、街中の良いホテルを宿とした。二食、バス・トイレ付きで一五〇〇円、一人あたり五〇〇円程である。フランスと違い物価が安いのだ。
しばらく風呂へ入ってなかった僕がバスに入り、色男が持っていたヘアーリキッドで髪をセットして出て来ると、皆が、
「あっ!」
と言って驚き、
「顔が違う、顔が違う」
と叫んで、茫然と僕をみつめていた。
 鏡を見ると、本当に顔が変っていた。

 こうして、ひと皮むいた僕らは、いざ、街へとくり出した。ホテルのすぐ傍におそろしく人が集っていた店があった。中へ入るとエビ屋である。小皿に盛られた塩で湯掻かれたエビを食いながらビールを飲み、殻は床に捨てている。床はエビの殻で真赤となり歩けばザクザクと音がした。



2011年5月27日金曜日

9今どき破天荒な男たちの物語 (旅の恥はかき捨て)

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今どき破天荒な男たちの物語の1 


 こうして、腰に下げていたアイスハーケン(氷に挿すピン)で太ももに怪我をした中野は、仲間らと仲良く入院生活をするようになった。この、救急病院こそいい迷惑で、我がまま言うわ、看護婦の尻はさわるわで大変である。仲間との二人部屋にはヌード写真がベタベタと貼られ、ベッドの下は一升瓶とポルノ雑誌の山であった。看護婦は見舞いに来た一人一人を訪ねて来ては文句を言っていた。此処へ来た見舞い客は皆んな見舞いの果物かごを下げて看護婦にペコペコ頭を下げていた。見舞いに来て、何故(なんで)?こんなに叱られなきゃならないのか?と思いながらも怒り狂う看護婦に頭を下げていた。
とうとう頭にきた婦長が
「他(よそ)の病院に移ってもらいますからね!」と言えば「いやぁ、さっき、院長と廊下で会ったが何も行ってなかったよ。よく養生しなさいと言っとったよ」と、しゃあしゃあと言う。看護婦らには不幸なことに、院長は登山をする人であった。
 ある昼間、病室を訪ねてみると中野が居ない。
「おい、中野はどうした?」と同室の後輩に尋ねると、「中野さん、僕のプレイボーイ誌持って一時間ぐらい便所から出て来んに・・・」と言う。
しばらくして中野が帰って来ると
「中野さん、汚してないやろうなぁ?糊を付けてないやろうな?糊を!」と言うと、中野は嫌な顔をして「汚してないわ!」と投げ捨てるように言う。何という会話か、聞く方が耐えられん。
また、僕が尋ねて行くと必ず二人が無断外出して、パジャマ姿でついて来る。僕は精神病の脱走患者を連れて歩いているように人にじろじろ見られながら街を歩いた。そして彼らは、赤ちょうちんの前に来ると立ち止まって、のれんを握り「和田さん、和田さん」と僕の名を呼んだ。
 一杯飲んだ僕らは手を振って分かれるが、ある時、病院の近くまで来たので、彼らがどうやって病院に入るのか?と以前から不思議に思っていたのでこっそり彼らの後をつけて見に行く事にした。当然、病院の鍵も閉まった午前零時、パジャマ姿の怪人二十面相は病院の軒下にぶら下がると、雨(あま)樋(どい)を伝わって蜘蛛のように登り始め、便所の窓の中に消えて行った。彼らの病室は二階であった。


こうした中野の入院中、彼の会社の者が何かの書類を取りに彼のアパートへ行ってみると、な、なんと、そこには社の商品が積み重ねてあった。彼は「いい機会やからもう会社やめたわぁ」と言って病院に居続けた。
 
 こうして、病院で糊の張った白いシーツの味を覚えた中野は、自分の薄暗く湿ったアパートへは帰ろうとはしなかった。
「この間、ちょっと物を取りに行ったが、何か分けの分からん匂いがするし、窓からはいろんなものが降りこんで布団はぐちゃぐちゃやし、あそこはもう人の住める所やない」と言っていたが、中野が「人が住める所やない」というのは、それは壮絶なものであろう。大家が哀れである。
その後とうとう病院を追い出された中野は、まず先のおせち料理の先輩の家へ居候に行くが、三日で奥さんに追い出され僕の家に転がり込んで来た。何も知らぬお袋が飯を食わせて白いシーツに寝せてやると、彼はいい気になって大飯を食らいパンツ一枚で人のうちをうろうろした。
 蒸し暑い日であった。ロッククライミングの練習を終え、くたくたに疲れて帰って来ると、パンツ一枚の中野が居間に寝っ転がっていた。傍らにスイカを食いちらかした後があった。彼は僕を見ると、扇風機に当たりながら「ああ、ごくろうさん」と言う。僕は怒りを堪えながら「お前どうして今日練習に来なかったのか?皆んな来てたぜ!」と言うと「今日は、外は暑いやろう・・・この暑いのにようやるわぁ」と憎たらしいことを言い「お母さぁーん、御飯まだぁー?」と後ろを振り向く。僕のシャンシャンした姉が「あつかましい!食費を取れ!」とか言っていたら、「あんたの姉さんはあんたそっくりやなぁ、親にひとつも似てないわ」と、さらに小憎たらしいことを言っていたが、僕が仕事で旅立つと彼は姉に追い出されることになった。
 次に訪れたのは、歯科技工師をしている三郎の所である。彼の家は少し郊外にあり、隣に近所の人達が利用する共同温泉があった。温泉に恵まれた別府にはこういう共同温泉が幾つもあり、大抵その地区の自治体が管理して無料である。むろん入浴者も自治体の世帯に限られた。
 中野は良い気持ちで朝からこの風呂に入り、そればかりか、女風呂を覗きだした。田舎のことである。この事はすぐ近所の評判になり三郎の一家は非常に恥ずかしい思いをする。
 三郎の所を追い出された中野は伊藤洋一いう、やはり仲間の親友の所へゆく。彼はフリーの船乗りで、決まった会社に勤めてなく、長い休暇の時は山へ行くかアパートにじっと潜伏していた。その六畳、四畳半のアパートで、コツコツとネギを切って自炊をしていた。山屋(登山家)に似つかわぬ綺麗好きの男で、部屋はいつも、ぴしっ、と整理され、小奇麗にかたづいていた。僕がタバコの灰を落とすとぞうきんを持って、さっと拭く。節約することを知っている質素な男である。




2011年5月25日水曜日

8今どき破天荒な男たちの物語 (雪崩に埋まり九死に一生を得る)

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今どき破天荒な男たちの物語の1 

 彼が社会人となって一年目の冬、僕らはクラブの仲間と、さらに他の山岳会の女の娘二人を連れて積雪登山へ行くことになった。雪が腰まである四十度近い雪斜面を登行中、パッ、と目の前に亀裂が走ったと同時にバッ、と足もとが掬われた。足が波にさらわれるように浮いた、かと思うと、ザァー、と流される。慌ててピッケルを雪面に刺すが、ぐいっ、とザイルに引かれる。中野とザイルを組んでいた。
「くそ!あやつはトドのように転がりながら流れてるんだろう」と、雪面を滑りながら思った。登攀してきた三十メートルはある崖を、ひゅー、と飛び、ジェットコースターのようにザァーとカーブしながら、どんどん流れた。幾度か止まりかけるが、また、ぐいっと中野に引っぱられる。崖をぶーんと飛ぶ時、空中でザイルが絡み、首にザイルが巻きつく、「くくっ!」息が出来ない。そのザイルを先頭切って落ちて行く中野が、ぐいっ、と引っぱる。「ぐぐっ!」と、目の前が真暗になり、内臓すべてが口から飛び出そうになる。身体は逆さだ。「ああ・・・・・」と、気を失いかけるが、渾身の力をふりしぼり、首からザイルを外すと、やっと息が出来るようになった。すると今度はどとっ、と雪が口に入ってくる。
 さんざんな思いをして、じわー、と身体が止まった。上から雪がどどっと波のように乗ってくる。「ぐうっ・・・」と泳ぐように雪をかき分け、「うっ!」と雪面に這い出ると、青い空が見えた。人影はなく、雪煙が舞っていた。
「皆んなは!?」
と辺りを見廻すが、幾度見廻しても、もわー、と雪煙が上がっているだけである。瞬間、新
聞の見出しに大きく載った“山岳会、大量遭難”という記事と、合同葬儀の光景、喪服を着た自分の姿が瞼に浮かんだ。
 ふと見ると、盛り上がった真っ白い雪面から赤いヤッケがはみ出していた。とっさに近寄り掘り起こすと、リーダーの山さんのびっくりした顔が出てきた。日頃、冷静な彼も目がくるくる廻り、さすがにびっくりした顔をしていた。僕の顔を見ると深く息をしながら
「おい!皆んなは無事か!?」と叫んだが、僕が
「誰も見えない」と答えると、彼の角ばった顔がボロボロとくずれた。そして
「うむ・・・・」と青い顔をして唸り「まず、俺を掘り起こせ!」と言った。が、僕は彼の言葉を聞かず、彼に背を向けると雪煙の立ち込める雪面をあちら、こちらと掘り出した。
 雪中で息が出来る時間は限られている。一刻でも早く皆んなを息の出来る状態にしてやらなければ・・・・時間がなかった。僕はあせった。すると、うっすらと盛り上がって、やはりヤッケの切れ端が見える所を掘り起こすと、パーマのかかっている髪が出て来た。
「あっ、女の娘だ!?」と思わず微笑みさらに力強く掘り続けると、雪の中からは女の娘ではなく、男性の先輩の真四角い顔が出て来た。
「うむ・・・・」
と、悪いものでも見たように目を伏せたが先輩は「ペッ!ペッ!」と口から雪を吐き出すと感激にむせぶ顔で
「ありがとう!」と呟いた。
僕は無表情に彼の顔だけ雪面から出すと、やはり、うっすらとこもった彼の隣を掘りだした。少し掘ると、今度は間違いなくやさしい髪のパーマ頭が出て来た。
「よかった!」
顔を出してあげようと、さらに力強く掘り続けると後ろの方で
「ぺっ!ぷっ!」とか、音がするので、「何だろう?」と思って振り向くと、今しがた掘り起こしたばかりの先輩が、僕の掘りかえした雪でまた埋りかけていた。
 こうして次々と仲間を掘り起こしたが、もう一人の女の娘の姿が見えなかった。もう十分以上は過っていた。そして、ついにザイルをたぐっていくと雪面下三十センチ下から、もう一人の女の娘が出て来た。顔は蒼白で息がないように思われた。

 そして、その娘を掘っているところに、額から血を流しながら中野が降りてきた。ヘルメットの鍔(つば)か何かで切ったのか、額から血をたれ流しながら、ぼぉーとフランケンシュタインみたいに突っ立っていた。僕は中野の無事を確認すると、別に声もかけず、意識を失っている女の娘にマウスツーマウスで人工呼吸をしながら胸をマッサージしていた。ふと、何か?視線を感じるので見上げると、中野がひらめのような目をして見ていた。
「あんた、なにしとんのかい?」
と中野が言った。この緊急時に、いやらしいことを考えている中野に頭にきた僕は
「お前も、足もとを掘れ!」
と言うと、
「わしは笛を吹かな、あかん」
と言う・
「笛?」
「なんの笛か?」
「遭難の笛や!」
と威張って言ったが、こんな山奥に笛など吹いてもカラスも聞きわせんわ
「笛なんか吹かんでいいから、掘れ!」
と、さらに言うと、
「いや、笛を吹かにゃ、あかん」
と、強情を張ってきかない。馬鹿な男だ!と思い、僕は投げ捨てるように
「それなら、吹きながら、掘れ!」
と、言うと、彼は
「えっ!?」と驚きの声をあげた。
僕はその娘(こ)を掘り起こすと、額と腰を打撲しているもう一人の女の娘が着になったので中野に「お前、連れて下まで降りろ」と言う。「分かった」と二人は下山し始めた。山裾で、仲間が救助に来た時の話ではその娘が「中野さん、もう大丈夫よ、助かったわよ!」と、中野を励ましていたらしく、中野はいつまでも、しつこくその娘の手を握って離さなかったという。それでも中野は後で、「いやぁ、~さんは可愛いと思っとったが、よく見るとそうでもなかったなぁ」と言っていたが、打撲で顔が腫れている女の娘の顔をしげしげと眺める余裕はあったようであった。




2011年5月16日月曜日

登 撃

岩壁に見たものは
鋭さと堅さ。
僕らの登るルートの前に
ピンは無く
流れるスラブと
照畑つける陽。
大きめのナッツを腰に下げ
クレッターシューズの紐を締める。
クラックに指を挿す。
ひんやりとした心地好さが
脊髄の奥に染みわたる。
握る腕に力はみなぎり
鍛えぬいた筋肉は締まる
がっしりとした花こう岩は
しっかりと僕をささえ
フットワークも快適。
足がしっかり岩を吸い
陽が陽が僕を照り続け
ぐんぐん
高度を稼ぐ。
足の下に河が流れ
風が流れ
グレーの岩がくねり
眼下に流れる。
もう、なにもかもが宙に包まれ
僕は鳥になり河の流れとなる。
ボヘミヤが見え
モルダウを口ずさむ。

アフリカーナ登攀-1001-s


2011年5月9日月曜日

7今どき破天荒な男たちの物語 (旅の恥はかき捨て)

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今どき破天荒な男たちの物語の1 

 この追試がどうなったか知らぬが、彼は留年してヒマラヤへトレッキング(山の裾を歩く)へ行くと言いだした。三ヶ月の旅である。旅費、すべて含めて三十万、という。飛行機賃を除いたら、ほとんど残らない計算である。
 その費用を稼ぐため、彼は土方のアルバイトに精を出した。ある日、彼のアパートへ行くと、電気も灯けず、パンツ一枚になってひっくり返り、うかぬ顔の中野が居た。
「おい、どうした?」
と尋ねると、
「今、土方から帰って来た」
と言い、何か機嫌悪げである。
「飯でも食いに行くか?」
と、誘うが、今日は疲れたから寝る、という。珍しいこともあるもんだなぁ、と帰ろうとすると、
「ああ、土方はトレーニングになるけど、気がめいるなぁ」と一言を言いため息をついていた。土方で、おっさんに怒られたか、コキ使われたのだろう。中野の土方姿が見えるようであった。
 こうして、苦労して貯めた金と、僕が貸したペンタックスのカメラを持って、彼はネパールへと旅立った。
 しかし、ヒマラヤでトレッキングを済ませた彼はインドで、有り金全部盗まれることになる。すっからぴんになった彼は、頭を丸め、茶色いシーツのような衣をまとうと、にせ托鉢僧になりすまし、本物の托鉢僧の後をついて廻り、貧しいインド人から米を貰っては食いつないでいた。
 さらに、旨いものを食いたい、と思った彼は街角に座っている乞食の金を盗むことを計画した。どうせ、人からタダで貰ったものだ、少しぐらい分けてもらっても罰(ばち)は当たるまいと思ったのであろう。



 彼は目くらで、いざり(立てない)の乞食をターゲットにすると、金をあげるふりをして乞食の顔を、じいー、と見ながら皿の中の金を握る。すると、乞食の片目が開(ひら)き、さらに両目が開(あ)き、くわっと睨みつける。
「うわっ!目くらが目を開けた」
と、びっくりした彼は、金を握って逃げようとするが、今度はいざりのはずの乞食が、ぐっ、と立ち上がり、素晴らしいスピードで追い駆けて来た。
「いやぁ、ひどい乞食やなぁ、詐欺や、乞食の詐欺や!」
と、怒っていたが、乞食の詐欺というのもあまり聞いたことがない。
 こうして、しだいにボロボロとなった彼は、こんな事をいつまでしていても日本に帰れそうにない、と悟ると、今度は彼の大事にしていたペトリのカメラをインド人の金持ちをつかまえて、「ペンタックス、ペンタックス」と言って売りつけた。インド人は、メイド・イン・ジャパンのペトリのカメラを、メイド・イン・ジャパンのペンタックスと思い込み、日本ではペトリのカメラが二台買える値で買い取った。
「いやぁ、フィルムの入れ方も知らんでカメラ買いよったけど、ペトリは自動露出やないから、よう使いこなさんぜ。おっさんはペトリ、ペトリ・・・って呟いて悩んでたから、ペンタックスは日本語ではペトリって言うんや、と言うたら『ふーん』と言って本気にしよったけど、ペトリもペンタックスもよう分からんアホなインド人や」
と言っていたが、この時、彼は僕の貸していたペンタックスも持っていた。ペンタックスをよほど売ろうか?と思ったらしいが、持ち主が持ち主だけに、後で何を言われるか分からない、というのでこれは手離さなかったと言っていた。
 写真もすべてペンタックスで撮っていたらしい。第一、今時ペトリみたいに露出計のついていないカメラも珍しく、ペトリというメーカーも最近聞いたことがない(潰れたのかな?)。
 こうして、カメラを売った金で彼は機上の人となり、無事、日本へ帰ることが出来た。
 その後、変えは普通の人間の顔をして、某コーヒー豆会社に就職した。大学では土木を専攻していた。




2011年5月4日水曜日

6今どき破天荒な男たちの物語 (売られた喧嘩は買わねばならぬ)

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今どき破天荒な男たちの物語の1 

 冬であった。小雪のチラチラ舞う寒い冬であった。クラブの例会が終わり、あの何もない索漠としたアパートへ帰る中野を引き止め、「何か食って行こうか?」と中華料理店へ入った。そして、まだ食いたりない様子の中野と一緒に、街の噴水でタコ焼きをふうふう言いながら食っていた。僕は一杯飲みたかったが、単車で来ているので飲めず、中野も明日は大事な追試がある、と言っていた(中野は学生であった)。
 僕は寒いのでおとなしく帰ろうと、単車に股がってヘルメットをかぶり中野とボソボソ話していた。夜、遅いので人通りもまばらである。ふと、前方を見ると、柄の悪そうな男ら五人が、通りを行く女の娘(こ)をひやかしながら歩いていた。一杯飲んでいるのか?良い威勢である。そいつらは僕らの所まで来ると、
「おーい、この噴水は金魚が居たはずだぜ」「おい、お前ら金魚を食ったんじゃねえか!」
とチビのチンピラが言った。グラグラ頭に血が昇った僕は
「なに!この田吾作が!」
と、怒鳴る。すると、チビが足をバタバタさせながら、
「こ、こいつが俺のことを、た、たごさくて言うた」
と狼狽(うろた)える。
 僕は単車から降りると、単車のスタンドを立て、かぶっていたヘルメットのベルトをはずす。すると、すかさず男が殴りかかってきた。大乱闘だ。小雪が舞い、凍りついた噴水の池の中に腰まで浸り、彼ら二人ともみ合う。「中野は?」と思って、振り向くと大柄の男と相撲を取るみたいに組み合っていた。
「ビン!ビン!」と彼らを殴りつける。すると例のチビの男が「さ、刺すぞ!」と言って胸のあたりをごそごそ探った。「おっ!」と中野と一緒に後退りするが、なかなか何も出てこない。チビはしばらく胸をごそごそやっていたが、何も出そうにない。期待して見ていた仲間の一人があきれて歳末大売出しの旗をバキッと折って棒を持って向かってきた。
「ビシッ」
と、首を痺かれた。僕は逆上すると、「くそ!」とヘルメットを、ガーン!と投げつける。ヘルメットは男の胸に「ガツッ」と当たり、男はしゃがみこむ。さらに、単車を投げつけようと、「くラー」と抱えあげようとする。」「むむむ・・・」と男らは後退りする。


そこへ、「ウーン」「ウーン」と、サイレンを鳴らしながらパトカーの登場である。逃げ廻る僕らはつかまえられ、警察へ捕らわれの身となった。しかし、さいわいな事に、彼らは僕らに会う前にスナックで大暴れして、何人も怪我をさせ警察で探していた連中だったので僕らも被害者ということになった。調書を取る時、中野と二人で
「いやぁ、立っていたら突然殴りかかって来て、気違いか、何かと思った」「僕らは逃げるのに必死でした」とか、言っていた。
 面通しの時、彼ら一人一人を見ると、顔は腫れ、鼻血を流していた。僕の顔を見ると、「あ、あいつに殴られた!」と男が立ち上がって叫ぶ。警察が「殴ったのか?」と尋ねるので、「いや、逃げようとして偶然、肘が当たったんでしょう」と答えていた。ようやく、僕らが解放された時は、夜が白(し)ら白(じ)らと明けかかっていた。中野は
「明日、やない、もう今日や、追試があるのに睡眠不足で、こりゃ、あかんわ。それにしてもあんたひどい人やなぁ、あんたの傍に居るとろくなことないわ、ほんまやぜ、喧嘩売ったのはあんたの方やぜ、黙っとりゃ良いのに、「田吾作!」なんか言うて、しかし、あのチビ、「田吾作」って言うたら血相変えて怒っとったけどほんまに田吾作やったんやなぁ・・・」
と改めて感心するように言っていた。




2011年5月2日月曜日

舞  台

かなり厚い雲が
空から
じっくり
降りてくる。

辺りが
さっ と暗くなる。
風が吹き、
葉が揺れ、
樹が騒めく。
――雨。
    

大粒の水滴が




ぼたぼた と
濃緑の広い葉に
落ちる。

すー とガスが横切る。
瞬く間、
一斉に
ザー
辺り一面、
白。

何も見えなくなる。
この一瞬、
たまらなく 好きだ。