2011年11月29日火曜日

ワタの旅と冒険-18(北へ、北へ-2)

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ワタの旅と冒険-1

 ストックホルムにはスペインに負けない立派な城があった。花の咲き乱れるノルマンディの豪華な城で、城壁から見るストックホルムの街はしっとりとして中世の街並みのようであった。城の隙間から夕陽の洩く紅い陽が眩しく鮮やかである。僕は城の庭からストックホルムの街に向って立つ車輪の付いた中世の大砲の中を第二夜の宿とした。

大砲

 街中のカフェーで日本人のヒッピーと出逢うが、彼も日本人が懐かしいのか、しつこく話しかけていた。彼はストックホルムに住みついて針金のペンダントを売っているというが、なんと、年商一千万だそうだ。
「いやぁ 此処はいい所ですよ。若い娘はようけ金持っとるから、オリジナルのペンダントを作ったら飛ぶように売れるよ」
と、言っていたが、スウェーデンは物価が高いから日本の金銭感覚ではいかぬようだ。でも、給与を貰うよりはいいと言う。
「サラ洗いで、月収三十万やろ、でも、その半分近くは税金で持って行かれるし、物価が高いから、結局、日本と同じ位になってしまう。」
と、言っていた。

 所得と物価と税金の高い福祉国家は教育も高き、ほとんどの人が大学を出ていて、公園を掃除しているおばちゃんでも三ヶ国位は喋れた。
 物価が高いので、スーパーへ買い物に行っても、皆高く、桁が違うのではないか?と思える程、物が高い。おまけに酒がない。禁酒国ではないが、配給制でティケットがないと酒は飲めないのだ。スーパーでビールが売っていたが、やっぱり高い。フランスの三倍はする。ぶつぶつ言いながら買って飲んでみるとほとんどがソーダー水で、かすかにビールの薫りがした。アルコール分一パーセントと書いていて、高い缶ビールを三缶飲むと、ほのかに酔ったような、気のせいがした。

老人と子供

 高いホテルを避け、ストックホルムの駅の待合室に座っていた。何人かのおっさんらも並んで座っている。
 真夜中、黒い皮のコートを着た警官がドカドカと入って来たのでびっくりして見ていると、座っているおっさんらの肩を握って強く引っ張った。犯人か、何か?捕えに来たのかと思ったが、僕以外のすべてのおっさんを引っ張った。すると、澄して座っていたおっさんらが将棋の駒のようにドカドカと倒れ込んだ。見ると、皆、白目をむいたり口から泡を吹いたりしていた。泥酔しているのだ。警官はそのおっさんらの衿首をつかむとズルズルと物を運ぶように引いて行った。ヨッパライの取締まりであった。

 この国は、アル中が非常に多いという。高い教育を受けた人達が、どうしてアル中になるのか、というと、福祉が整い過ぎているからだ、と思う。結局、自由な時間の余り、労働しなくても守られる制度があるから、酒を飲むしかなくなってしまうのだろう。それで酒を配給制にしているのだ。
 パプア・ニューギニアがやはり酒に関して厳しい法律がある。午後六時から九時まで開く国営のビアホール以外では飲酒が禁じられていて、また酔っぱらって道を歩いていると逮捕される。だから、ビアホールでウハウハベロベロになっていても九時閉店時になると皆、ピシャッとして両手を振って家路へ向う。スウェーデンとは反対に酒に溺れて働かないのを防ぐ為である。

 原始社会と高度文明社会とは抱える問題は同じであった。結局、法や規制に縛られないと人間は易きに流される、という事か・・・。
 僕も日頃から生活が乱れてくると、断食をしたり友と会わぬよう自分を隔離したり、いろいろと己に規則をつけている。が、どうしても易きに流されてしまう弱い人間だ。



2011年11月24日木曜日

23今どき破天荒な男たちの物語

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今どき破天荒な男たちの物語の1 


 彼は、僕ら山仲間には珍しくパチンコや麻雀をする男で、山や特有の神秘性や抽象的な会話を嫌い、僕らが話しをしている時はいつも貧乏ゆすりをしながらマンガを見ていた。
 この抽象性、神秘性のかけらもない三郎と夜間登山を終え、由布岳の頂上で朝食を食おうとした午前五時二十分、僕らの目前にオレンジ色に輝く発光体が現れた。皿を逆さにしたきれいな円盤型で、内から炭が燃えているような強弱のあるオレンジ色を発光していた。こちらから見ると両腕を広げた位の大きさで、かなり前方の空に浮いていた。「うむ・・・?」僕は握り飯を食いながら、突然目の前に現れたこの現象をどう理解して良いものか分からず、「おい!あれはなんじゃ?」と三郎に尋ねる。すると三郎は握り飯をむしゃむしゃ食いながら「ありゃおめぇ、UFOじゃねえか、UFOに決まっとる!」と、さも当然に半ば自棄(やけ)気味に答える。そして素早く「でも俺りゃ信じねえぞ!」と断言した。


「うむ・・・・・」僕は唸りながら身動きがとれずどうして良いものか?と悩む。頭脳がまだついて行かぬようであった。すると、絶対信じないと断言した三郎が慌てて「カメラ、カメラ」とザックをひっくり返してカメラを探していた。そして彼は、「ちぇっ!こんな時にカメラを忘れてきやがった」と舌打ちすると「おい、どうしようか?」と僕に尋ねる。どうするもなにも、眼の前の円盤は僕らを監視するようにじぃーと停止して、僕らは身動きがとれない。背中にゾクッとしたものが走る。何分かこうした睨み合いが続くと、何を血迷ったか三郎が突然、「おーい!俺を乗せてくれ!」と急に叫んで立ち上がり、帽子を握って振り出した。「はっ!」連れていかれる・・・と、一瞬のうちに思った僕は「やめろ!やめろ!」と彼を押さえつけようとする。と、突然、停止していた円盤が、ぱっ、と米粒位に小さくなった、かと思ったら、さっ、と消えた。後には陽が昇ったばかりの透き通るようなコバルトブルーの空が広がっていた。

 一瞬の出来事であった。が、長い時間の経過が感じられた。この日のUFOは目撃者が多く、東京でパトカーがしばらく追跡したとも、翌日の新聞にのっていた。今にして思えば、あの時UFOに乗って行ってたら、さぞかしおもしろい世界が待っていたかも知れないのに・・・?残念なことをした。

 このUFOの目撃に感激した僕はさっそく友人らに話に行く。なにより真実味が高いのは、同じ目撃者が超現実主義の三郎ということであった。
 まず、喜ぶであろうはオカルト好きの山下であった。彼は神秘性を絵に画いたような男で、家にはそのたぐいの本でびっしりである。さらに彼の変わっているのは、いろいろな宗教を転々とすることで、仕舞いには自分の宗教を創らないと気が済まないようであった。彼も僕らと同年代のクライマーであったが彼は宗教遍歴の間、その空白期に観念がどうかなるのか?また、凄いパワーが出るのか?素晴らしい登攀をする。不思議な力を持つ男である。
 彼は小さな喫茶店をしていたがUFOが大変に好きで、店が終わると「今日は出そうだから」と言ってオートバイに跨(またが)りバタバタバタと月を背に一人山の方へ向かって走っていた。その彼の店“スイス・シャレー”に下山後さっそく三郎と駆けつけ「おい!出たぞ、UFOが出たぞ」と僕が興奮気味に叫ぶと、彼はうつむいてコーヒーカップを洗いながら、こめかみあたりをピクピクと震わせると「何処で出たの?」と平静を装い、小声で尋ねる。
「由布岳の頂上から見た!」
「どっちの方向?」
「海の方向や」
「それなら十文字原の上空だな」
「そうかな・・・」
と僕が答えると、彼はチャプチャプとコーヒーカップを洗い続けながら下をうつむき
「ああ、あそこはよう出るんよ」
と何事もなかったように答え、キュッキュッとカップを拭きながら棚に直し込む。その横顔の目はキラキラと輝いていた。






2011年11月10日木曜日

ワタの旅と冒険-17(北へ、北へ-1)

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ワタの旅と冒険-1

 そうそうたる姿となって、文明の地へ辿り着く。懐かしいタンジールの街、此処はリゾート地だ。白人も居る。カフェーに入って、
「ウ、ウナ セレベッサー(ビ、ビールをくれ)」
と、念頭の言葉を吐くと、砂漠の乾きを癒し、埃を洗い流した。
 再びヨーロッパ大陸へ渡った僕はマドリッドでしばらく静養した後、今度は一気に北上する。サハラの次は北極圏でオーロラを見よう。南の地の果てから、北の地の果てへと極地旅行だ。ヨーロッパの街並みは後々の楽しみとしよう。
 TEEを乗り継ぎ、知らぬ間にズンド海峡を渡ると、ストックホルムに着く。チャップマン号という海上に浮ぶユースホステルに泊りたかったのだ。
 街の中心に浮ぶ白い豪華な船体は、すぐ目についた。案の定、バックパックを担いだ旅行者が多く、皆、ざっくばらんな格好をしていた。若い女性が眩しく、船内に入ると部屋が狭く、客も多かった。アフリカ帰りの僕は異様な臭気を発し、服もザックも乱れに乱れていた。この、あまりの姿に日本人の品位をそこなわぬよう、人に迷惑をかけぬようにと泊るのを断念して野宿をする事にした。

帆船

 僕は、団体的なユースというのが、あまり好きではなく、ホテルも高いせいもあり、旅行中、利用した事が少なかった。ほとんどが車中か、野宿であった。眠ってしまえば、意識不明になり、わきゃ分からん、豪華なベッドで寝ろうが、草の上で寝ろうが、眠ってしまえば同じだ、旨いものを食った方がいい、というのが僕の哲学であった。
 この哲学も眠ってしまうまでが大変で、寝袋に入っていても寒い、寒くて眠れないかもしれない、とビールを沢山買ってくる。段々酔いが廻ってきて暖まってくるが、明け方、酔い覚めと同時に震えながら眼を覚す。
「寒みぃなぁー、寒みぃなぁー」と、膝を抱え、犬に吠えられながら淋しい思いをする。結局、睡眠不足となる。ビールやつまみを買う金はホテル代と変りなく、修正が必要な哲学であった。




2011年11月5日土曜日

22今どき破天荒な男たちの物語

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 ある時、僕らが他の山岳会の女の娘らと山へ行って大きいテントの中で宴会をすることになった。そして皆んなでわいわい言って盛り上がっている最中、一人さぶちゃんが寝袋に入り薄暗いテントの隅で寝ていた。変わった奴だなぁ・・・?皆んなで楽しくやれば良いのに・・・と思っていた僕は翌日彼に「おい、昨夜は楽しかったぜ、どうしてお前一人だけ暗い隅で寝とったのか?」と尋ねると「いや、俺はあの娘らに、影のある暗い男のイメージを植え付けようとしているんだ!」と真面目な顔をして答えた。
 今度は、何日かして、その娘らと街の料理屋で宴会することになったが、その時は彼は忙しくもないのにそそくさと送れて来て、一人ベラベラ喋りまくると腕時計をカッ、と睨んで「失敬!仕事があるので」と言ってまたそそくさと出て行った。
僕は、夜中になんの仕事があるのか・・・?と思ったが、うむ・・・今回は忙しいビジネスマンのイメージを植え付けようと思ったのかなぁ・・・?さぶちゃんも大変だなぁとつくづく思いながら酒を飲んでいた。

 このさぶちゃん、やることはテキパキと早いが車のスピードも速い。
ボロ車を売っぱらうと、年がいもなくナナハンの単車を買ってビュービュー飛ばしだした。そして当然のようにスピード違反となって免許停止となるが、日本の警察をなめとるのか、しぶとく運転してさらにつかまり免許取り消しとなった。これで反省した三郎はもうハンドルを握るのをやめたと言っていた。が、ある時、友人の車へ乗せてもらい、スキーへ行って、どうもエンジンのかかりが悪いというので「どれ!俺に貸してみろ」とハンドルを握りようやくエンジンがかかったと思った瞬間、すうーとパトカーが横付けされ、「免許証?」ということになり、彼はかなり長い年月免許を取る資格を剥奪された。
 彼には実印のたたりが掛っており、あの日本聖印のセールスマンの話を聞かなかったものと思われる。
 僕がスピード違反で免許停止になったとき、クラブの後輩が「和田さん、何をそんなにしたら免許停止になるのかい?」と嬉しそうに聞いていたが、三郎の時は何も聞かなかった。
こうして彼は当分の間、ぴしっと整髪してネクタイをしめ、女の娘らの視線を意識しながらバスに揺られ、新しい勤め先の歯科医院へ通うことになった。


                     23~42へ続く ● ● ● ⇒