2012年11月21日水曜日

58今どき破天荒な男達の物語


 彼は雪焼けして帰って来ると、さっそくヤミのツアーを企画する。ヤミであるから当然安い。それに彼は大型二種自動車の免許も持っていたのでバスを自分で何百キロも運転して自分でスキーを教え、必要経費を一切出さず、体力にものを言わせ丸儲けしようともくろんでいたのである。
 確かに彼のツアーは普通のスキーツアーの半額であった。そして僕ら仲間らに「頼むぜ、来てくれや!」と、しつこく誘っていた。僕も当然行くことになるが、
「向こうに着いたら滑りまくって練習しよう。お前に何か劣っているものがあるというのは、俺の一生の不覚だからな」と言っていたら、
「あんた、そんな事言って、女の娘が目当てなんやろう?」
「いや、スキーをしに行くからスキーをするのが目的や」
「ほっほっ、そういう男も居るんかい?」
「どういう意味だ?」
「スキーに行く九十九パーセントの男は皆、女の娘、目当てやぜ」
と、えらく自信を持って言っていたが、自分を基準に考えているんじゃねえのか?
確かに、どうせ行くなら可愛い女の娘がいっぱい居るツアーが最高だろう。が、このツアーには女性は多かったがそれらしい娘は一人も居なかった。
 道中、小用のため関門大橋の近くのバスの溜まり場で止まり小休止したが、丁度、スキーツアーの真っ盛りで、やはり地元、大分からのバスも幾台も並んでいた。皆、キャアキャア騒いで記念写真などを撮ったりしていた。が、その娘らは可愛いのだ。擦れ違う女の娘らを皆、振り返らせる美人であった。
 薄暗い広場の公衆便所で歯科技工師の三郎と小用しながら、
「おい、見たか?あのツアーには可愛い娘が多かったろう」
と、僕が言うと
「おお・・・」
と、三郎が身体を揺さぶりながら答える。
「同じスキーツアーでもえらい違いやなぁ。こっちにはあんな娘は一人も居(お)らんぜ」
と、言うと、三郎は自棄(やけ)、投げやりに、
「そりゃ、お前、金が違うよ金が!安いのに集まって来るのはそれなりの女が集まって来るんじゃ。エビの餌にはタイが食うが、ミミズにはハゲしか食いまい!」
と、もっともらしい酷(ひど)いことを言ってスタスタと一人で歩いて行った。
 一番頭にきているのは彼であった。彼は九十九パーセントの中にしっかりと含まれる男性の一人であったのである。

2012年11月11日日曜日

57今どき破天荒な男達の物語

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今どき破天荒な男たちの物語の1 

 さて、中野であるが、彼はぶくぶく止(とど)まることを知らず太り続け、ある日突然、
「わし、弁当屋やめるわ」
と言い出した。彼に言わせると
「金は貯まるが仕事がおもしろない」
と言うことである。すごい進歩である。こうして彼は二年間で三百万程の金を貯めるとこの次は何をしょうか?といろいろ考えていた。
 彼はツアーコンダクターかツアーコンサルタント的な仕事をしたいらしく、どうしても“遊び”を“仕事”にしたい様子であった。登校拒否の子供を集めてカヌー教室をしたらどうか?とか、戸塚ヨットスクールの戸塚みたいな顔をして言っていた。
 そう言えば、やはり僕の友人で、子供の頃から学校に行くのが嫌いで今だに「わぁー学校に行かなあかん!」と、夜中に汗びっしょりかいて飛び起きるというが、今は立派な事務所のオーナーである。

 そんな時、冬が近づくとポツリと中野の消息が絶えた。人に尋ねてみるが、「知らない」と言う。「おかしいなぁ・・・何をもくろんでるのか?」と思っていたが、彼は信州の山小屋でアルバイトをしながらスキーの練習をしているという噂であった。
 彼はスキーの公認指導員の資格を取得するために特訓をしていたのである。スキーにはスキー連盟公認の指導員の資格があり、それを持っていれば金を貰って人に教えることが出来るのである。
 彼は冬はスキーの教師になって稼ぎ、夏は夏で何かをしようと考えていたのであった。あくまでも遊びを仕事として飯を食ってやろうという考えである。
 そこで、どうしても公認指導員の資格がいる。しかし、もし試験に受からなければカッコ悪い、皆んなにまた馬鹿にされる。そこで、皆んなに黙ってこっそり行けば、試験に滑っても分からないという考えらしい。

 こうして皆んなが忙しく走り廻っている年末、彼は白銀一色の信州のゲレンデでスキーばかりをしていた。
 年が明け、真っ黒に雪焼けした顔をほころばせながら、中野は九州へ戻って来た。が、何も言わぬところをみると試験には受からなかったようである。
「おい、どうなった?お前、指導員の資格を取るため信州に行ってたんだろう?」
と見透かしたように尋ねると彼は、何故知ってるんだろう?というような顔をして
「いやぁ、わしゃ、自己流の癖がついとるからあかんなぁ。最初に学校にでも入っときゃ良かった」
と言っていたが、僕は何年か前、中野とスキー場の初心者コースに入り苦労したのを思い出していた。それでも中野はヨーロッパでは毎年スキーに出掛け、アルプスのスイス、イタリア間のスキー縦走もしたと言っていたが、あの頃に比べると大変な進歩である。



2012年11月2日金曜日

56今どき破天荒な男達の物語

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今どき破天荒な男たちの物語の1 

 行きつけのおでん屋で一杯飲んだ僕らは、酔っ払った洋ちゃんの運転する車に乗って彼のアパートへ向かうが、ブウーとスピードを出し、ふぅー、と何か?空間を通り過ぎたような気がしてふと振り返って見ると、四車線はある九州横断道路を一旦停止もせず猛スピードで通り抜けていた。ぞっと、一度で酔いが醒めてしまうが洋一は醒めていないようであった。
 また、冬に山奥へ合宿に入っていたが雪がどんどん降り、完璧に積もり積もってしまった。そこへ、テントで酒が切れた洋一が「下の部落へ酒を買いに行く」と言い出した。もう、だいぶん酔っている。皆んなが「雪が深くて車は動かん」と言うが、きかない。一度言い出したらきかない性格である。
「俺は行くんじゃ!」
と、車のキイを握ってボタ雪が降りしきるテントの外へ出ろうとするので、奇想天外の山さんが困った顔をして
「言い出したら聞かぬから、みつる、一緒に行ってくれんか?」
と言うが、こんなに雪が積もって車が走れるもんかい。山さんも平気な顔をしてひどいことを言う人だ、と、ぶつぶつ言いながら、しょうがなくチェーン付きのFFの車に乗って山を降りる。ラッシェル車のように雪を掻き分け、狭い林道を通り10キロ先の部落へと降り、やっとの思いで酒を買うと下ってきた林道を登り山道へと入る。が、斜面が急で路面はスリップし通しである。ガードレールは無く、眼下は切り落ちた絶壁の林道を、ザアーと右ハンドルをいっぱいに切って、今度はザアーと左ハンドルをいっぱいに切りながらウンウン、タイヤをスリップさせながら登って行く。隣で一升瓶を抱えた洋一が、「あわわわ、あははは」と笑いながら喜んでいるが、「正気な人間の身にもなってみろ」「こりゃ、酒を飲むのも命がけだぁ」と僕は降り積もる雪の中、独り言を言いながら必死でハンドルを廻し続けた。

 このように、僕らが山へ行く時は、山へ行くのに性能と都合の良い誰かの車で行くわけだが、車を単なる道具としか思ってない奴ばかりだから、車を出した奴は悲惨そのものとなる。車を大事にしている奴が一度でも車を出すともう二度と山へ行かなくなる。
 まず、座席に座っている奴らがフロントガラスや窓ガラスにべちゃ、と足跡をいっぱいつける。そして車内はジュースやビールの空き缶、ソーセージやパンのビニール袋や食べかすだらけとなり、中野のように弁当ばかり食う奴が乗ると、米粒だらけとなる。
 僕らの道中は長距離なので、皆疲れてくるし登山用具がぎっしり載っているので窮屈なのか、前も横も後部座席も窓ガラスにべたっと足の裏がくっ付く。隣車線を走っている行楽客らが擦れ違いざまに“ギョッ”とそれを見る。
 また、道中、モーテルがいっぱいあるので歯科技工師の三郎が突然、
「あっ!入ったぁ!」
と大声で叫ぶので、車を運転している僕は
「はっ!」
とびっくりしてブレーキを踏みかけるが、彼が言うのは車がモーテルに入ったというだけのことである。
「ちくしょう!腹が立つなぁ」
と、後部座席で唸っていたが、彼も以前は若い娘を連れて廻って「あっ!行き過ぎた」などと言っては国道をウィーンと二、三百メートルもバックさせ、モーテルに入っていたという男である。その時、周りの車や道ゆく人が「何だろう?」と注目するので「恥かしい・・・」と、女の娘は顔を隠していた。
 その後、彼がその娘を連れて歩いていたのを見た者はいない。









Gallery-10


女性


南回帰航路


森の夕闇

月に吠える

砂漠の親子

雲海

フクロウの話Ⅰ


フクロウの話Ⅱ


シベリアの山脈


南海の船