2012年12月30日日曜日

Gallery-12

ヒマラヤ山脈

宇宙

イタリアの街角

シベリア山脈

山々の泉

ライチョウ

北極圏の頂き

アルプス針峰群

山の頂

花畑

63今どき破天荒な男達の物語


 ある日僕が仕事で車に乗っていると、中野が汚い自転車を漕いでいるのを見かけた。一目で失業者と分かる格好をして自転車を漕いでいる。「そういえば、僕が子供の頃、ああいうのを見掛けたが、今時珍しい存在だなぁ・・・」と感心しながら彼を呼びとめると
「ああ、あんたかい」
と、中野は自転車を止めて振り返る。
「お前、何をしとんのや?」
「ほれ、履歴書買ってきたんや」
と言って、自転車の前のカゴに入っているビニール袋に入っている履歴書用紙を指さす。
「ほうー」
と僕は感心したように言うと
「あんた、いいネクタイしとるなぁ」
と彼が言うので、車内に替えネクタイの有った僕は
「そうか、それならお前、面接の時にいるやろ。ほら、やるわぁ」
と言って、首から外して彼に手渡した。僕の好きなスカイブルーの色である。夏が近かった。
 そして何日かして、面接の帰りという中野にばったり会ったが僕は恥かしさでいっぱいになった。彼はスカイブルーの半袖のカッターシャツに僕のあげたスカイブルーのネクタイをしていたのだ。
「お、お前、・・・それはやめた方がいい。おかしい」
と僕は狼狽しながら言うと
「なんかい?あんた、これ知らんのかい?今、流行(はやりのツートンカラーって言うんやぜ」
とスカイブルーのシャツからスカイブルーのネクタイを浮かせ、さも自慢げに答えたがネクタイは完全にワイシャツの保護色であった。
 その後、彼は幾つか面接に行くが、彼が職安で探してくる仕事というのは、例のようにすぐ給与の高い順から見つけてくるので営業は営業でも詐欺まがいのセールスばかりであった。
 僕はことごとくこれらはやめたほうがいい、女、子供を騙すのだけはやめた方がいい、と言い、焦らずしばらくじっくり探してみたらどうか?と暇な中野を連れては飯を食いに行ったりしていた。むろん、金は持っているが失業中の中野は代金は払わない。

 その頃、僕は変装用の伊達眼鏡を幾つも持っていた。これは眼鏡を掛けると顔が変わっておもしろいからであった。また、楽しいのは、知り合いにあっても気付かず擦れ違うことで、そしてなによりおもしろいのはその知り合いに声を掛けてみることであった。
 このようにして僕はフレームの型の異なる眼鏡を六つ位持っていた。
 中野は本当に視力が弱くて眼鏡を掛けていたが、彼のはいつもサングラスにしていた。彼は学生の頃、フレームが割れ、耳から厚手のゴムで止めていたがあまり格好の良いものではなかった。

2012年12月20日木曜日

Gallery -11


東アフリカの海岸

ニューギニアの少年

バラの花園

流星群

夜明け

アフリカ大陸

月の富士

シャムニー針峰郡

ともだち

神がみの館

62今どき破天荒な男達の物語

                             63~82(最終回)へ続く ● ● ● ⇒
 
 また、おもしろいことに彼は部屋に紐を引っぱって、それにオーバーやズボンなど有りったけの服を洗濯物でも干すかのように、だらーん、と並べていた。彼に言わせれば、これは干しているのではなくインテリアの一種だと言う。あんまり物が無く、殺風景なものだから単に有る物をすべて表に出しているだけのことである。
 また、彼の万年布団の枕もとには、学生時代より持っている、昔流行(はや)った中学生が持つような厚紙で出来たボックスバッグが置いてあり、この中に、預金通帳やパスポートその他大事と思われるものすべてを入れているものと思われる。
 このあまりにも索漠とした部屋に、僕は営業用のサービス品である、ティッシュやタオル、カレンダー、その他、もろもろのものを持って行ってあげた。
 また、おもしろいことに、この部屋の襖(ふすま)や壁に短い漢詩が貼られてあって、中野が自分で創ったものと言い、ひとつひとつの意味を僕に説明しようとしていた。
僕が「俺は短歌が好きだ」と言うと、
「あれは女が書くもんや」と言い返し、
「やっぱり男は漢詩を書かなあかん」と自分で言って自分で納得していた。
 人には何か珍しい趣味や特技があるもんだぁ・・・・?と僕は初めて、この不可解な男がホモ・サピエンスに近い存在であることを知った。
  その彼も、仕事をしていないからであろうか、ますます抜けたような顔になり、何んの仕事をやるとか、するとかアイデアをいっぱい出していたが、現実性のないアイデアを僕がすべて理屈で叩きつけてしまうと、彼は「うーん」と唸り、「カツ丼屋でもするか!」と、また、全く進歩の無いことを言う。カツ丼屋も弁当屋もあんまり変わるもんかい。食い物に困り出したら、すぐ“食い物商売”をやろうとする卑しい根性である。
 そこで僕が「何んの商売をするにも、お前に掛けているのは社会的なものと常識なんやから、まずそれを身につけるために、サラリーマンで営業でもしてみたらどうかい?勉強と思ってやってみたらいい」と言うと。彼も納得したらしく「そんなら、そうしてみるか」と言っていた。



61今どき破天荒な男達の物語


 翌日、さんざん滑って帰る道中、夕陽の逆光で運転しにくく、サングラスを掛けていた僕はハイウエーの途中、幾つもあるトンネルに入ると、さっ、とサングラスを外す。すると隣の座席に座っている大石氏も、さっ、とサングラスを外す。トンネルをぬけると再び、さっ、とサングラスを掛ける。すると、大石氏も・・・ということを繰り返して僕らは帰路に着く。
 別に運転しているわけじゃないのに、カッコつけてサングラスなど掛けなくとも良さそうなものだが・・・。
 
 その後も、大石氏は熱心にスキーに通っていたが、ある寒い日、地元九州でもうっすらと雪が積もり、僕はひさしぶりに山下のペンションででも行ってみようかと車で出掛けた。オカルト好きの山下はこの頃まじめに結婚をして、喫茶スイスシャレーもやめ、奥別府にペンションを奥さんと二人でやっていた。別府の郊外をぬけると緩やかな丘が幾つも見える景色の良い所である。その丘も、うっすらと雪が積もっているようであった。ふと見ると、道路ぞいに車が沢山止まって何か見物している。
「何んだろう・・・?」
と、僕も徐行しながら車の窓ごしに見てみると、傾斜の緩い、ほとんど平地の丘の雪の上に、真っ赤なスキーウエアーを着てゴーグルを掛けたスキーヤーが居た。
「ほ、ほう。変わった人が居るなぁ・・・・」
と、僕は車から降り、他の家族連れの見物人らに混じって覗き込むがどうもあのオタオタぶりは大石氏そっくりである。前に出てさらによく見ろうとすると、
「みっちゃーん!」



とストックを高く掲げて叫ぶ大石氏の姿があった。すると、一斉に見物人らが、わっ、と僕を注目する。僕はお義理でちょっと彼に手を振ると、そそくさと車に乗り込みアクセルを吹かして猛スピードで走り去った。

 こうして、僕らのスキーに明け暮れる冬も終わって雪も溶けはじめると、中野大先生もいよいよすることがなくなってきた。
 彼はこの頃、わりと街中のアパートに引っ越してきた。そして今度のアパートは駐車料金が高いと言って、アパートの半径三百メートル範囲内に点々と路上駐車して、そこを駐車場代わりにしていた。それも、一箇所に長らく駐車すると目をつけられると言い、毎日、駐車する場所を変えた。大体、五、六ヶ所目星を付けておき、それを週ごとに日替わりメニューするわけであるが、月七千円程の駐車代のためにめんどくさいことをするものだ。
 また、彼のアパートは恐ろしいことに何処へ行っても散らかりようのパターンが同じであった。散らかるといっても家具がないため、本なぞを重ねて置いてあるだけのことであるが・・・。

2012年12月14日金曜日

60今どき破天荒な男達の物語,


 うちのクラブに大石さんといって四十代後半の気の若い仲間が居る。この人は左官業をやっているのだが、じっとしているのが嫌いな性格らしくいつも気ぜわしく動き廻る。山でテントを張っても、さっと寝込み、朝、暗いうちからごそごそと起き出し
「おーい、皆んな飯が出来たぞ!」
と言う人である。
 この人はひどい凝り性でもある。北アルプスへ行くのに、飛行機で行くことになったのだが僕らが、空港のロビーでビールを飲んでいると「パッ!」とフラッシュ焚かれるので「どうしたの?」と振り返ると大石氏が写真を撮っていた。「パッ!」「パッ!」と幾らでも空港のロビーでフラッシュを焚くもんだから、人が「何んだろう?」と不思議そうに見ていた。単に記念写真を撮っていただけのことであるが、この頃はカメラに凝りだした頃であった。
山へ入ってもバチバチ、シャッターを押しまくるので登行の途中
「あっ、いい景色やなぁ。絵になるなぁ」
と僕がわざと言うと、ごそごそカメラケースを開け「ガシャン!」とシャッターを押す。そして
「みっちゃん、悪いけど撮ってくれないかなぁ」
と、そのアングルの前で片足を上げてポーズをとる。
 また、この人はカッコマンでもある。
 ある夏の暑い盛り、僕らは県南の海岸ぞいに岩場があるのを知り、海水浴かたがた出掛けることにした。岩場といっても海辺にあるただの崖である。
 僕らは、さあ、泳いだり崖を登ったりして遊ぼうと海水パンツ一枚で地元の子供らの大勢いる砂浜へと飛び出す。が、ふと見ると、大石氏がこのクソ暑いのに山岳の格好をして皮の登山靴を履き、ヘルメットをかぶってザイルを巻いて立っていた。
 真っ黒に日焼けした海水パンツ姿の子供らが不思議そうに彼の姿を見ていた。僕らは何も言わず、泳いだり裸足で岩を攀(よ)じ登ったりして遊んでいた。



 この大石氏、一度スキーに行ったら、すっかりスキーの虜とりこになってしまい、さっそく、スキー具からウエアーまで一式買い揃えると、
「スキーに行こう、行こう」
と、叫ぶのである。年がいもなく真っ赤なウエアーを着て、さっそうと転ぶのである。
 冬の盛り、急に彼が「スキーへ行こう」と言いだしたので、僕は彼と一緒に行くことになった。一泊二日である。他のメンバーは以前から予定を立てていて、民宿を予約していたが、僕らは駐車場にテントを張ることにした。それも、また夏用のテントを持って来たものだから、寒くて寝れやしないし、他の奴らは民宿で女の娘らと楽しくやっているだろうと思うと、よけい腹が立って眠れなくなる。

59今どき破天荒な男達の物語


 こうして中野運転手の運転する、スプリングの恐ろしく硬いバスは山の裾(ふもと)へとさしかかる。大分、路面に雪が見えだした。カーブの多い山道である。かなり積もり積もって道がキラキラしていた.
「そろそろチェーンを巻こうか?」
と、中野が不安げに言うと
「おう」
と言って、三郎らが手伝おうと立ち上がろうとする。すると、眠っていたと思った奇想天外の山さんが、中野の隣の助手席で、腕を組んだまま薄目を開けて、
「かまわん、行け!」
と、ドスのきいた声を出す。
「えー!?」
と、中野はハンドルを握りながら隣の山さんの顔を見る。山さんは腕を組み、また目を閉じていた。大事な客を乗せた中野のツアーなのに山さんも何を考えてるんだろう?分からん人である。立ち上がりかけた三郎らも、「またか!」という顔をして座席へ座り直す。
 いよいよ明け方、現地に着くとツアーバスは何十台も並び、辺りは白銀一色であった。
「さあ、皆さん、女の人が着替えますから男の人は外へ出てください」
と、観光会社のエージェントみたいな声を出して中野が叫ぶと、僕らは眠い目をこすりながらごそごそ外へ出ろうとする。ふと見ると、中野はサングラスを掛け、運転席でハンドルを握って知らん顔をしている。
「おい、お前は出なくていいのか?」
と、不思議そうな顔をして尋ねると、
「わしかい。ああ、わしはいいんや」
と言う。
「ふーん」
「でも、お前、女の娘らが嫌がってるぞ。出た方がいいんじゃねえか?」
と、さらに言うと、中野はしっかりとハンドルを握って、ぐっと顎を突き出すと、
「わしは前を向いとくんや」
と力強く言うので僕は納得してタラップを降りた。
「寒いなあ・・・」
と、外で足を踏み、白い息を吐きながらふとバスの運転席を見ると、サングラスを掛けた目で運転席のルームミラーを見てにやにやしている中野の姿があった。



 彼のこの計画はずっと以前より練られていたものと思われる。

 このヤミ・ツアーは思ったより収益が上がらず、金額の割りには気を使う?という人並みの理由で、中野はもうツアーを組もうとはせず、僕ら仲間とスキーへ行くようになった。
 確かに中野のスキーはうまくなっていた。「おかしいなぁ・・・?何をしたらあんなにうまくなれるのだろう?」と、中野の滑るのを見ていた僕は、「回数に勝るものなし」と、毎週スキーに没頭するようになった。
 九州からだと土曜の夕方、高速を五時間走り、明け方、中国のスキー場に着き、夕方まで滑って、再び五時間走って帰る、というハードスケジュールとなる。仲間の人数の多い時はマイクロで行っていたが、少ない時は高速代金を安くするためなるべく声を掛け合って人数を集めて行っていた。