2011年10月20日木曜日

21今どき破天荒な男たちの物語

このブログは一つの物語です。

初めての方は、1からお読み下さい。
今どき破天荒な男たちの物語の1 



このスキーの件でも分かるが、彼の憧れに対する行動力はすさまじいものがあった。
僕らがよく行く宮崎県の高千穂の山奥に村の分校があった。ここは岩峰へ行く途中の道沿いにあるが、ある時、遠くの校舎の中に髪を三つ組にした若い先生らしい姿が見えた。白いブラウスを着た、いかにも清楚な感じの女性で会った。それを見た僕は「あっ!学校の先生や、いやぁ『二十四の瞳』みたいでいいなぁ・・・」と呟くと、三郎も覗き込んでいたが彼は視力が弱いのでよく見えず「くそ!よう顔が見えん!」とぼやいていた。
それはそれで済んだが、次の週、またこの道を通る時三郎はキィーと車を止めると「おい!学校の先生、先生」と言って双眼鏡を持ち出した。「おおっ!すごいなぁ、お前それ買ったんか?」と尋ねると「買った!」と力強く答え双眼鏡で一生懸命学校の中を覗いていた。
 再び次の週その道を通るとバッと車を止め、「学校の先生、学校の先生」と言って今度は二百ミリの望遠レンズのカメラを持ち出した。「おおおっ、お前、そんなの持っとったか?」と尋ねると「この時のために買ったんじゃ、これで学校の先生を撮るんじゃ!」と張り切っていた。三郎は一眼レフの立派なカメラを持っていたが、例の雪崩れの時なくしたのである。
 あの時、彼は谷の端の方でカメラのフィルムを入れ替えていたので流されずに済んだ。その彼の目前を僕らがザァーと流されて行ったわけだが、びっくりした彼は首から下げていたカメラをわざわざ外して、目の前の岩棚に置いて僕らを追って下降したのであった。むろんそのカメラは不明であるが、見つかったとしても雪で濡れ使いものにはならないだろう。彼の行動にはよく分からないところがある。
 さて、この学校の先生の居る小学校で村の盆踊り大会が開かれることになった。丁度登山に来ていた僕らは、この奥深い渓谷の山村でおそらく何十世紀もこの村に伝わるであろう天照大神を、天(あま)の岩戸から呼び出した時のものであろう遅いテンポの踊りを村の人達に教わりながら踊った。憧れの学校の先生は居なかったが、村の人達から地酒をほおむられ、僕らは訳の分からぬ踊りに夢中になった。大分羽目を外し過ぎたのか翌日、岩登りの帰りにその学校で水を飲んでいると村の人が、「今日は盆踊りはねえぞぉ!」と言って僕らを睨んでいた。

 三郎は足は短いが、顔立ちはなかなか整っていて女の娘にもてそうであったが、実態はそうではなかった。
 女の娘を意識し過ぎるのではないか?と思われるほど彼は女の娘の前に出ると見事に変身した。彼は女の娘と話す時、いつものさばさばした投げやりの語調から急に、「それでさぁ、僕がねぇ、そうなっちゃうんだよ!」と気味悪い声を出す。一言一言丁寧に喋るものだから女の娘も緊張して会話も途切れがちになる。彼は東京に居たわけではないのに、突然テレビのチャンネルを変えたように東京弁になるので、「おい、さぶちゃんは東京に居たこと
がないのに東京弁がうまいなぁ、どうしてだろう?」と船乗りの洋ちゃんに聞いてみると、アパートでテレビの番をしている彼は、ぼそっ、と「そりゃおめえ、テレビを見て毎日練習してるんじゃねえか?」と言った。






ワタの旅と冒険-11 ~14,アラブの写真を追加しました。

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