2013年7月4日木曜日
2013年6月26日水曜日
2013年6月24日月曜日
82今どき破天荒な男達の物語(最終回)
初めての方は、1からお読み下さい。
喧嘩もしたが、お互いの命を助け、庇い合い、ザイルで結ばれた友情は何処へ行っても変わらず、皆、仲の良い仲間であり、親友と呼べる仲間である。またこれからも、一生つき合っていく仲間であり、皆、気持ちを知りつくした友だちに恵まれ、感謝している仲間達であった。
ふうー、と快ち良い風が吹き、何処からか黄色い蝶が目の前を舞う。
ぼんやりと、遥か、光る峰々を眺めている僕の傍に中野が来て
「あんた、いつも悩みがないような顔をしていいなぁ」
と、僕の顔を覗き込むようにして呟いた。
2013年6月19日水曜日
2013年6月12日水曜日
2013年6月5日水曜日
2013年5月29日水曜日
2013年5月22日水曜日
2013年5月15日水曜日
2013年5月8日水曜日
81今どき破天荒な男達の物語
二十代の前半、駆けるように攀じ登ったこの岩壁を、おっさんらがふざけあってわいわい言いながら登る。
最近また太りだした中野のザイルを、クイックイッと引っぱると
「あ、ああ・・・」
と気味悪い声を出して、尻を突き出す。そして
「あんた、何にするんやねん?」
と、とんがらせた口の顔を向ける。
かつての精鋭クライマーらが、うはうは言ってふざけながら登るのを、奇想天外の山さんも嬉しそうに見ていたが
「俺も、まだまだお前らには負けん!」
とか言って、クラック(岩の割れ目)に飛びついている。彼も若い。僕らと変わらぬようであった。
岩峰の頂上からは高千穂の峰々が雄々と聳え、眼下にはブルーの河が流れる。
僕らは此処にのんびりと腰掛け、少し遅い昼食を食う。皆、久しぶりのクライミングに満足げで穏やかな顔をしている。
あれから、そう、皆んなと出逢い、ヨーロッパへ行き、それから・・・いろんなことがあったがもう十年以上は達っていた。
2013年5月1日水曜日
80今どき破天荒な男達の物語
オカルト好きの山下の兄、山下氏は山さんと呼び易く呼び、その弟の山下は日頃は「チャンキ」という、あだながある。この名の由来は神秘的で不明である。
こうして
「おーい さぶちゃん、白菜を切ってくれ」
「おい洋ちゃん、ビールを開けてくれ」
とか言って、僕らの宴会は盛り上がる。ひさしぶりに皆んな揃って楽しそうである。
十年の歳月は僕らには透明であった。皆、二十代前半の頃とひとつも変わらず、笑ったり笑
ったり騒いだりしていた。
次の、ぱくん、と晴れた日曜日、僕らは登攀を開始するべくだらだらと起きる。
陽がかなり昇ったテントの前は車や人が行き来していたが、その道路脇の昨夜の宴会の跡はそれはすさまじいものであった。なにもかも食いちらかして、四方八方、食いかけの食料やコッヘル、ビール瓶なぞが散乱していた。
目を覚ました奇想天外の山さんがテントの中で、
「おい、起きろ!今日は天気が良いぞ、今日は登るぞ!おい、俺は誰と組むのか?」
とか盛んに喋りながらテントから外へ出るが、
「あっ!」
と言って口を閉じた。
どうしたんだろう・・・?と思って見ているとしばらくして
「あまりの恥かしさで声が出なくなった」
と言う。
散乱した宴会の跡を、他のクライマーらが避けるようにして歩いていた。2013年4月24日水曜日
79今どき破天荒な男達の物語
奇想天外の山さんが
「うちのクラブは、何か、社会適応不適格者集団みたいだなぁ」
と難しいことを言っていた。
皆んなそれぞれ齢をとっていないかのように、ひとつも変わらず若かった。僕らは皆、10年来の付き合いであるが、良いおっさんが、「~ちゃん」とか「~さん」とか、名前をすべて省略して呼んでいた。可愛いもんである。
やはり、うちのクラブ員である産婦人科の先生は、本名は吉田という立派な名字があるが、すぐ、よっちゃんになってしまう。
「おい、よっちゃんは今日、お産が多いから会合には来れないらしい」
「へぇー、人の後始末するのも大変だなぁ」
と、例会場の高級喫茶店で話していると、上品そうな奥様方のお客が、じろっ、と睨む。
僕らが名字や名前を短縮するのは、長い名を呼ぶのが単にめんどくさいだけであるが、不思議なことに中野だけは短縮されてなかった。これは、中野に~ちゃんとか呼ぶのはかなりの抵抗があるのと、寒気をもよおしてくるからだと思う。2013年4月17日水曜日
78今どき破天荒な男達の物語
それにしても、中野の女房になる女の顔を拝みたいとずいぶん前から思っているが、これは密かにそう思っている人も居るであろう。が、居ない人の方が多いかも知れない。しかし、これだけ人間が居るのだから、一人ぐらいはそういう人が居てもおかしくはないと思っている。
以前、彼はアラブでホモのアラビア人に付きまとわれ、襲われかかったと言っていたが、その話を聞いて、僕は地球上にはまだ謎めいたことや恐ろしいことが沢山あると改めて感心したのであった。
引越しも終わり皆んなでわいわい言って酒を飲むのは楽しいもので、夜遅くまで話が弾み、今度、ひさしぶりに皆んなで宮崎の岩峰へ岩登りに行こうということになった。
そして、よく晴れた土曜日、僕ら仲間は何年ぶりかに揃い、宮崎の岩峰郡へと向かった。
メンバーは奇想天外の山さん以下、歯科技工師の三郎、中野、船乗りの洋一、僕と、哲学者の竹さんも来ている。奇想天外の山さんと、つい先日結婚した洋ちゃんを除けば皆、チョンガーである。皆、三十を超えていた。哲学者竹さんや、酒飲み北さんは三十代後半にさしかかろうとしていた。
2013年4月10日水曜日
77今どき破天荒な男達の物語
ようやく片付いた新しいアパートで、皆んなでビールでも飲もうかと思った頃、
「ピンポーン」
と中野が訪れる。
「いやぁ、もう終わったのかい?早いなぁ」
と、とぼけて入るが、何処の世界に夕方から引越しをする家があろうか、夜逃げじゃねえかそれじゃ。
「いやぁ、遅うなった、遅うなった」
と何時もの調子で、ホテルから貰った?というビールケースを抱えて部屋へ入って来るが、このように彼はわりと景気が良い時は気前良く、お土産を下げてくる時があった。彼の家は土佐で農業をしているが、田舎から送ってきた果物なぞをよく
「これはあんたにやるんやないんやぜ。あんたのお袋にあげるんやぜ」
と、しつこく念を押して僕にくれたりしていた。
彼は自分の里のことはあまり喋らないが七人兄弟の五番目ぐらいらしい。
「わしはどうでもいい身分なんや」
と威張っていたが、彼の他の兄弟も一人ぐらいは見たいものである。女の兄弟がいたらどうしよう。そういう人とは生涯、御対面を御遠慮したいものである。おもわず吹き出しそうになってしまう。
2013年4月3日水曜日
76今どき破天荒な男達の物語
さて、披露宴は盛り上がったが気になったのは中野である。洋一の母や親戚の者がビールを注ぎ、頭を下げて挨拶に廻って来ると、中野はさっと立ち上がると
「いやぁ、良かったですねぇ、お母さん。いやぁ、本当に良かった!」
と言って、お母さんの肩をポンポン叩く。隣で僕が
「お前、表現がオーバーだと、何かいやらしいからやめろ」
と、ささやくと、中野は不満そうな顔をする。
「お前の良かったというのは、ようやく結婚出来て、やっと結婚出来て良かったなぁという意味に聞こえるぞ」
と、さらに彼の耳もとでささやくと
「ははは、分かるかい?」
と僕の方を向いて笑った。
今度は洋一の兄がビールを持って廻って来ると、中野はまたもやさっと立ち上がり
「いやぁ、お兄さん良かったですねぇ、いやぁ、本当に良かった」
と、お兄さんの両手を握り、振りながら叫んでいた。
僕はもう何も言わずにビールを注いで飲んでいた。
洋ちゃんの新しいマンションと呼ぶアパートは、やはり温泉郷から離れぬ圏内に止まった。
僕らは引越しを手伝おうと彼のアパートに行って唖然とした。彼ら夫婦は荷物を何もマトメていないのだ。二人とも引越しをしたことがないのである。
僕らは箱を何処からか持って来ると、乱暴にザァーと、テレビやタンスの上に乗っている物を次々に流し込んだ。驚くことにこの洋一という男、物持ちが良く、~小学校~年と書かれた筆箱や、昔、中学生時代に作ったであろう地球儀なぞが転がっていた。
婆ちゃんから貰ったという大正時代の桐のタンスを、奇想天外の山さんのトラックに積み込むと、ガタガタと乱暴に走って新しいアパートへと向かった。
2013年3月27日水曜日
75今どき破天荒な男達の物語
二人とも気に入ったらしく、ある日、洋一のアパートを訪ねて行くと背広にネクタイをして、髪を七・三に分けて(今時珍しい)デートに行く洋ちゃんの姿があった。僕は扉開口で彼を見ると、思わず「おっとぉ!」とつまづきかけた。
二人の交際が仲間うちに広がってくると、中野がやって来て
「洋ちゃん良かったなぁー」
といかにも、なぁー、と何か意味ありげに語句を伸ばしていた。そして
「あの朝鮮人は元気にしとるかい?」
と言う。僕が
「朝鮮人じゃない。中国人だ。それに今時、朝鮮人なんて言ったら笑われるぞ。韓国人って言うんだ」
と言い返すと、彼はさもびっくりしたように
「えっ!中国人かい!?朝鮮人じゃないんかい」
と聞きなおした。
その後、再び洋一に会った中野は
「あの朝鮮人は元気にしとるかい」
と言っていた。もう誰も何もいわなかった。
こうして,三郎の紹介から一年もせず、洋ちゃんは地元の小さな結婚式場で結婚式をあげることになった。
気取った雰囲気もなく本当に良い結婚式であった。席上、新婦側の中国引き上げ者団体の代表という人の話があった。
終戦後の大陸で親子、兄弟が離ればなれになる混乱した様子を切実に話すその内容は、話が生々しく真実味過ぎるのか、混乱する人々の顔が映像のように目に浮かんだ。洋一の新郎側の親族は皆、ハンカチで目頭を押さえていた。彼は長いスピーチの後
「あの混乱した時代、親兄弟が生き別れになり、その子供が今こうして華やかな席で結婚式をあげるなぞということは、あの時代から考えると夢のようです」
と言って、支那の歌を歌いだした。
僕は久しぶりに良い話を聞き、胸を打たれ感慨にふけっていると、中野が隣から
「あの爺さん、こんな席でしみったれたこと言わなきゃ良いのに、ほれ、会場がシーンとなってしもうた」
と僕に耳うちした。彼には敗戦後の大陸の光景が浮かばず、瞳には目の前の御馳走しか映っていないようであった。
2013年3月20日水曜日
74今どき破天荒な男達の物語
洋ちゃんの始めてのデートの日曜日、彼女は日勤ということなので、夕方まで彼を誘って近郊の岩場へルートの開拓に行くことにした。ハーケンを打ったり、穴をほじくったりして岩職人のように岩壁にへばりついていると、歯科技工師の三郎が下から
「おーい みつる!洋一のデートがあるから帰るぞー」
と叫ぶ。
「そうか、そりゃ、早よ帰らにゃいかん」
と慌ててザイルを伝って下がって行くと、洋一はのんびりとしていたが三郎がわっせ、わっせと登攀具をまとめ、帰る準備をしていた。
「洋一のデートかぁ!何かわくわくするのぉ」
とかなり興奮していた。
「俺はこれから洋一を風呂に入れる」
と言う三郎と別れ、僕は帰ったがその日、温泉好きの洋ちゃんは風呂に長湯し過ぎて、デートの約束の時間をオーバーしてしまった。相手の女性はもう、その約束の場所には居なかったという。三郎は洋一が洗面器を持って温泉に入って行くのを確認してから帰ったのであった。
翌日、
「どうだった?」
と僕が彼のアパートへ訪ねて行くと
「怒って帰ったらしい」
と、人事のような顔をして言う。
「そりゃ、すぐ電話してやれよ」
「電話してどうするんか?」
「謝ればいい」
「そんな事は出来ん」
「それじゃ何か話しをしてやれ」
「何を話すのか?もしもし、えー今日は良い天気ですねえ、とでも言うのか?」
と半ば自棄気味に言うので僕はもう何も言わなかった。彼は男ばかりの生活に慣れていたのでソフトな会話は出来ないのだった。
2013年3月13日水曜日
73今どき破天荒な男達の物語
かくいう彼も、このまま船乗りと山登りばかりしていては子孫繁栄は難しいと密かに悟ったか、船会社をやめ、街でサラリーマン生活をした事があった。その時は小型船舶学校の教官と営業を兼ねた仕事であったが、ちんちくりんのブレザーを着て、「えー、あんた、船の免許を取らんかい」とか、やはり刑事コロンボみたいな顔をして言っていたが、仕事はなかなか順調にこなしているようであった。
そこへ、例の奇想天外の山さんが奇想天外な話を持ち込んで来た。電力会社の下請けで、電柱のチェックに電柱に登るだけで、月、四、五十万はなるという仕事である。自分がやりたいのだけれど相棒がいるので誰か一緒にやらないか?ということであった。この頃、中野はヨーロッパへ行ったきりであったということもあり、この洋ちゃんを朝から晩まで説得し
生活や仕事に関しては極度に慎重な洋ちゃんを「うん」と言わせたのであった。
ところが、この話、電柱のチェックどころか電柱の穴掘りをさせられ、それも月、四十万どころか月、十数万そこそこしかならないという仕事であった。業者にまんまと騙された奇想天外の山さんは一日道路に穴を掘っただけで来なくなった。そして、洋ちゃんに悪いと思ったのだろう、洋ちゃんの前からぷっつりと姿を消した。
せっかくの小型船舶の会社をやめてしまった洋ちゃんはしかたなく、ジャーと朝、弁当を作っては電柱の穴掘りに出かけていた。
そして数ヵ月後、「『うまい話には絶対乗るな』という爺ちゃんの遺言を守らなかった俺は馬鹿だった」とまたまた名言を吐いて、再び船に乗って行ったのである。
その奇想天外の山さんが、知り合いの看護婦さんを紹介した。僕らと齢は変わらないというから女性としては年増の方である。
2013年3月6日水曜日
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