2012年4月12日木曜日

34今どき破天荒な男たちの物語

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今どき破天荒な男たちの物語の1 


 また彼は、僕と同じ別府の人間である。だからよく温泉でも会っていた。僕らはよく、山の手の「楽々園」という楽しいという字を二つも書く、いかにも享楽的な温泉に入浴していた。此処は爺ちゃん婆ちゃん専用の湯治客相手の温泉宿であったが、泊り客以外にも外来で小銭を払うと入浴させてくれる温泉場でもあった。露天風呂で男女混浴である。
 ある日、哲学者の竹さんが露天風呂に腰まで浸かり、ぼぉーと座っているのでどうしたんだろう?えらく元気がないなぁと思い、「おう!」と声を掛けるが細い目だけをチラッと動かして「ああ・・・和田君か・・・」と息のような声を出す。
「どうした?元気がないなぁ」
「いやぁ今日は~君の結婚式で、今その帰りなんや」と言う。その~君というのは彼の親友で、いつも彼と一緒に居た男である。彼も貧乏していたが、わりと男前で、さる金持ちの娘にみそめられ養子に行ったという。
「そりゃ、盛大な結婚式やったなぁ・・・」と竹さんはぽつりと言うと
「彼の人生は大きく転換したなぁ・・・世の中、何処でどうなるか分からんなぁ、嫁さんも奇麗やったなぁ・・・」
と再びしみじみと語った。
その後、彼は何も言わず、大きな溜め息を吐くと露天湯に腰まで浸かり、じぃーと下弦の月を眺めてはもの思いにふけっていた。
僕は静かに彼から離れると星に照らされながらじゃぶじゃぶと髪を洗いだした。
 
 この露天風呂には同じく温泉好きな船乗りの洋ちゃんとよく来ていたが、ある山行の帰り蒸し湯といって、蒸気で蒸すサウナのような風呂に入り、カァーと汗を流して滝湯に打たれようと滝湯の方へ歩いて行った。そしてザァーと激しく流れ落ちる滝湯に打たれながら、ふと隣を見ると、見たことのある男が横を向いて知らん顔をして滝に打たれていた。


顔を隠しているようでもあった。哲学者の竹さんに似てるなぁ・・・?と思ったが、彼が僕を見て知らん顔するはずないので、おかしいなぁ・・・?と思いつつ「おい、竹さん」と声をかけてみると、振り向いた顔はまさしく哲学者竹さんであった。が、竹さんは僕を全く無表情の眼で見ると、何事もなかったように、すうー、と立ち上がり滝湯から出て行った。
「おかしいなぁ・・・?何か悪いことでもしたかなぁ?」と思っていると、目の前で船乗りの洋ちゃんが真っ赤な顔をして腹を抱えて笑い転げていた。「どうした?何が可笑しいのか?」
と笑い転げる洋ちゃんに尋ねると、彼はさも苦しそうに腹を押さえながら
「いやぁ・・・竹さんが・・・竹さんが・・・」
と、息絶えだえに言う。何がそんなに可笑しいのか?洋一に聞いてみると、僕が蒸し風呂に入っている間に竹さんが風呂に入って来たので洋一が、
「いやぁ、あんた、今来て良かったよ!今、大変やったんやから」
「どうしたのかい?」
「いやぁ、今、みつるが酒を飲んできて此処で『うぉー』と大暴れして、風呂に入っている人を追いかけまわしてたんだぜ、ほれ、見な!誰も居なくなった」と、もともと誰も居なかった風呂を指さす。
「へえ・・・それで・・・和田君は?」と、だんだん哲学者竹さんの声は小さくなってくる。さらに洋一は、
「今、ひと暴れして疲れたもんだから蒸し湯に入って休んどる。出てきたらまた暴れ出すかも知れんから気をつけた方がいいぜ!」と、人を馬や牛のように言うと、竹さんは
「う~ん」
と唸り、あたりを見まわして不安げに滝湯に打たれていた。そこへ僕が蒸し湯で蒸されカッカッと熱くて堪らぬため、顔を真っ赤にして、ふうふう息を切らしながら素っ裸で蒸し湯から出て来たもんだから、竹さんも「こりゃいかん!」と思ったのだ。洋一もひどいことを言うものである。




2012年4月3日火曜日

33今どき破天荒な男たちの物語

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今どき破天荒な男たちの物語の1 



 彼は非常におもしろい男で、会話をする時、一対一じゃないと話せないらしく、二人で話していて誰か加わるとふっと知らん顔をしてポケットから文庫本を出して読み出す。こういう性格だから仕事も転々とし、印刷所の職工をしたりしながらほそぼそと勉強していた。
彼は若い頃、例の統一教会に入り、大学を中退して恋もせず、仕事もせず、ひたすら訳の分からん布教活動をして青春を棒に振り、以後、東洋哲学を非常に熱心に研究していた。

ある真夜中、彼はぐーっと考え込んでいたものが、ふっと解き放され「はっ!」と悟りを開いた。天地万物の動きが見え、世界の真理が分かった。
「そうか!そうだったのかぁ!」
と彼は膝を叩くと、四畳半の薄汚い部屋がキラキラと宮殿のように輝き、身体が浮き上がり、今にも白馬に跨(またが)り雲上を駆けるようであった。そしてその夜は興奮して眠れず、ぺっちゃんこの布団の中で、「明日からは素晴らしい世界が待っている、俺は、世の中の真理、真理が分かったんだ!」と、長い間の苦労を思い浮かべ涙を滲ませた。が、しかし、翌朝彼が起きてみると、な、なんとしたことだ!世の中がひとつも変わってない。あれ程光り輝いて見えた部屋も汚く散らかっている。さらに驚いたのは、あれだけ苦労して悟りを開き世の中の真理、天地万物の動きをつかんだ自分が、また今日もあの薄暗い印刷所へ行き、活字を拾わなければならないということであった。そして、今日は家賃の支払日だ。ああ・・・金がない。

 彼は、真理をつかむことと自分の生活とは全く関係のないことをさらに悟ると、その後はあまり熱心に哲学を研究しなくなったという。また、彼は一時仕事がなく、また片思いの女性にふられ、かなり落ち込んでいた。丁度その頃、僕は占いに凝っていて、よく当たる知り合いの女性占い師からいろいろ聞いてはおもしろがっていた。ある日、友人のところへ行くと哲学者竹さんが来ていたので
「おい、えらく元気ないじゃないか、占いでもしてもらったらどうだい?未来がパァーと明るくなるかも知れないぜ!」
と、落ち込んでいる彼を元気づけようとその占い師の所へ行くように勧めた。
「うん・・・そうだなぁ、なにか未来がパァーと開けるきっかけが掴めるかも知れんなぁ」
「そうだ、そうだ」
「うん、ところで和田君、占い料貸してくれんか?」
「ああ、竹さんの未来の為だ、貸してあげるよ」
と、僕は気前よく千円彼に渡すと、いそいそと出かけて行く彼の背を眺め「うん、うん、」と頷いていた。

その後、彼に会った時「どうだった?」と期待げに尋ねてみると「いやぁ、それが当たってねぇ・・・」と彼が頭を掻きながら答えるので「当たった!そりゃ良かった。で、何て言ってた?」と尋ね返すと「いやぁ、それが当たるも当たるも、バチバチ当たって!」と声にだんだん力が入りだす。なにか自棄(やけ)を起こしているようでもあった。


「それで、良いこと言ってくれた?」と尋ねると
「いやぁもう、言う事すべて悪い事ばかりで、仕事のことも女のことも、それがよく知ってるように当たってるんや。おまけに未来はさらに悪くなるって言われ、これ以上どう悪くなるのか?と思うと腹が立つどころか馬鹿馬鹿しくなって、おかしくておかしくて笑いだして、家に帰る途中、別大国道をずぅーと口を開いて笑いながら帰って行ったわぁ、あまり笑い過ぎて顎が痛くなったわぁ」と言っていた。

別大国道とは別府と大分を結ぶ、美しい海岸線に走る景色の良い道路で、彼はそこを例の古い軽自動車(今は幻のホンダ・エヌコロ)に乗って、口を開け笑いながら家へ帰って行ったのである。空の上から別大国道をあの茶色っぽい軽自動車に乗って、自棄笑いをしながらハンドルを握る竹さんの姿が見えるようであった。