2016年2月15日月曜日

十八.南太平洋編 Ⅸ 青い空、そして僕の旅-3

十八.南太平洋編  Ⅸ 青い空、そして僕の旅-3

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 また、ポートモレスビーには大きな植物園があって、よく遊びに行っていた。熱帯特有の厚い葉の原色に近い植物が覆い茂り、「ギャッ」「グァッ」と、原始的な鳥の鳴き声がしていた。なんのことはない、ジャングルを街に残していただけのことである。
 海岸線にはヤシが調和よく並び、砂浜に打ち寄せる波の音とともにエキゾチックな雰囲気をかもしだしていた。
 この国はクリスチャンが多く、日曜日ともなれば、海辺の白い教会の前に多勢の人が並んでいた。道は広く、車は少なく、人も少なく塵もなく、美しい大通りである。
 僕は国営のバスに乗り、パピア放送から流れるミュージックにうっとりしながら、窓にもたれかかる。
 草原は青々として、暖かい空気の中、心地良い風が、さぁーと吹く。
「ああ、気持ちいい・・・・・・」
光がやさしい。
ふと、丘を見上げると、おっさんが丘の上でフラダンスを踊っている。踊るメロディーがバスの中を流れる。
ゆっくりと、腰を振るおっさん。
この光景は、以前見た覚えがある。そう、僕がヨーロッパへ旅立とうとする前にみたものである。あれから、何年経っただろうか、僕もずい分歳をとったような気がする。一年が十年のように感じられ、駆けるように廻ってきた国々、燃えるように生きてきた日々、なにもかもが映像を見ているようにフィルムの駒が廻っていた。なにもかもが宙に包まれ回転していった。
あのおっさんは、あれから何年もあそこでフラダンスを踊っていたのだろうか?
「おっさん、世界中の人々が生きてたよ、皆、しっかり生きてたよ!」
と呟く。
 眩しい光に誘われ、蜃気楼のように浮ぶ出逢った人々の顔、美しい風景。激しく生きた日々が夢のように感じられ、おっさんのフラダンスを眺めながら陽に当るぼんやりとした瞼の中、心地よい風が吹きぬけた。

The END

2016年2月12日金曜日

十八.南太平洋編 Ⅸ 青い空、そして僕の旅-2

十八.南太平洋編  Ⅸ 青い空、そして僕の旅-2

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 丁度この頃、アメリカ人がこのセピックアーツを買い漁っていた。ある日、倉庫の店へ行くと何もない。アメリカ人が全部買い占めて行った、と言う。
「コリャイカン、アメリカ人はやる事が派手だから全部なくなってしまう」
と思った僕は精力的に廻り歩き、有り金はたいて買い歩くと、人物代の人形などを汗を流して船へ担ぎ込んだ。その後、完全にアメリカ人が買い占めたか、パピアにはもうセピックアーツはほとんどなくなってしまった。
 このアーツのユニークなデザインに惹かれた僕はデザインの図案書や文献を見ようと、パプア・ニューギニア、ユニバーシティというパプア唯一の大学の図書館へ出入りするようになった。学生らは、さすがに賢そうな顔をしていて、皆、ゴムのスリッパを履いていた。
 図書館には数限りないデザインや文様の書物がストックされてあり、僕は美術部の学生らと仲良くなった。大学祭ということで、彼らは大きなセピックデザインを大学の白壁一面に制作していた。それは、原色を使った非常にサイケデリックなもので、その眩しい色合いは鋭い陽光の中にくっきりと浮びあがっていた。
 彼らは皆、日本の事を知りたがり、日本へ留学したいと言っていた。パプアの未来を担う若者の眼は生き生きと輝いていた。
 首都、ポートモレスビーの海は青く、白人らの白いヨットが浮かぶ。黄昏時には、海がゴールドに輝く。その上を走るピンクに染まる船。
 首都の街は良く整備され、どこかヨーロッパ的な雰囲気をかもし出していた。グリーンの芝生の上、上品そうな白人がまっ白いシャツとパンツを履き、まっ白い帽子をかぶって楽しそうにゲームをしていた。ボールを木の棒で打つ見た事もないゲームで、若い男女が順番を待ちながら楽しそうに遊んでいた。
「ふーん、上品なゲームもあるもんだなぁ、ヨーロッパ的だなぁ」
と感心しながら見ていたが、日本で爺さんと婆さんが、モンペを履き、頭にタオルを巻いて何かゲームをしているのを見た時、僕は「まさか!」と叫んでしまった。

2016年2月10日水曜日

十八.南太平洋編 Ⅸ 青い空、そして僕の旅-1

十八.南太平洋編  Ⅸ 青い空、そして僕の旅-1

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ワタの旅と冒険

パプアにはセピックアーツといって、ニューギニア島北部のセピック河流域に伝わる原始美術がある。これは世界の三大原始美術といって、アンデス地方、アフリカ東部に伝わる原始美術らと並ぶ非常にユニークなものである。死者の霊や神を祭ったものである。
 以前、アフリカ東部でこのアーツにふれ、そのおもしろさに魅せられ、幾つか持って帰ったことがある。彫刻であるが、非常にサイケデリックで、あらゆる生物が変形してつながっている神秘的なものである。
 セピックアーツは沼粘土を浸かった色彩の鮮やかさが特徴で、鳥の姿と人の姿が一体となったものが多く、種類もかなり有り、僕はすっかり虜になってしまった。
 これらは日本で言えば仏像か、それに近いもので、いずれも死者の霊を祭ったり、いろいろな儀式に使われるものらしい。鳥を形どった彫刻や面が多いのは、大昔、先祖が鳥に助けられたことがあるという伝説から来ている、という事らしい。このアーツも今はほとんど創っていないらしく、古いものしか残っていなかった。業者が採集したものや盗品が多く、倉庫のようなところに、山積みにされて置かれてあった。僕はこの中から気に入ったものを選んで買っていたが、土人らが使っていた石斧や古い食器などもあった。
 博物館へ行ってみると、型の良い素焼きの壺やしゃれこうべで作った面があった。僕はその面がほしくて堪らず、管理員のおっさんに、
「あれをこっそり売ってくれんか?」
と、しつこく言うが、ぶかぶかの帽子をかぶったおっさんは
「ノォ、ノォ」
と幾度も首を振っていた。


2016年2月8日月曜日

十七.南太平洋編 Ⅷ 珊瑚礁の果てに-2

十七.南太平洋編 Ⅷ 珊瑚礁の果てに-2

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「わぁー」
と慌てて海面へ踊り出ると、陸をめがけて必死で泳ぐ。飛沫をあげ、バッシャバッシャと渾身の力を込めてクロールで泳ぐ。チラッ、チラッと見える陸は遠く、泳げど泳げど陸はなかなか近づかない。ヤシの緑がうらめしく、陽は斜めから射した。
「ああ、食われてしまう・・・、食われてしまう・・・」
と、口から泡を吹いて泳ぎ続ける。何時、足をパクリとやられてもおかしくはなかった。
「足はまだ有る、足はまだ有る」
と、己を励し、くたくたになりながら必死で泳ぎ続けた。少し休もう、と泳ぐのを止めると、すぅ、と足が地に着き立ち上った。水面は胸位しかなかった。珊瑚礁だから遠浅になっているのを忘れていたのだ。この位の深さだったらサメも来ない。いつ頃からこの位の深さになっていたのか気づかなかった。
 あのサメらは俺の糞にむらがって来たのだ。心臓が口から飛び出るか、と思った。びっくりした、たまがったとぶつぶつ言いながら採集した珊瑚を持って帰る。
 それから、僕はサメ防衛のため、黒いマジックで線をいっぱいに引いたステテコを履いて泳ぐようにした。何かの本で海蛇と同じ模様をしていれば、サメが海蛇だと思って近づかない、と書いてあったからである。
 こうして僕は、もう二度とあの恐怖を味あわぬよう、シマシマのステテコを履き土人の子供らに馬鹿にされながら珊瑚礁の海を泳ぎ続けた。



2016年2月5日金曜日

十七.南太平洋編 Ⅷ 珊瑚礁の果てに-1

十七.南太平洋編 Ⅷ 珊瑚礁の果てに-1

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  「モダンの海」と言って、世界で最も美しいとされる珊瑚礁に囲まれたモスグリーンの海がある。何海里も続く珊瑚礁の海と湖のように滑らかな海面が何処までも続く素晴らしいところである。  この美しい海に魅せられた僕は、朝早くから海に潜っていた。
白、一色の珊瑚礁。グッピーのような紫やブルーのキラキラとする小さい魚が群をなして泳ぐ。海中のすべてのものがキラキラと輝き、夢の世界をさまよっているようである。見たこともない熱帯魚が行き来する。
  白いテーブル珊瑚を幾つか陸へ上げ、紅いサンゴはないものか、とかなり深くまで潜って探している。ところが、朝から潜り続けなのか、トイレをもよおしてきた。大きいやつである。が、珊瑚礁は遠浅になっているから、陸までかなりの距離がある。そこで、「めんどくさい!この広い海の中、俺ひとりっきりだ、誰に遠慮がいるもんか」と、水泳パンツを下げると、水の中、心地良く用を足した。
「ああ・・・・・・、さっぱりした」
と、プカプカと浮く排泄物から少し離れ、再び水中に潜り珊瑚を探していた。
「うむ、良い珊瑚が無いなぁ」
と思いつつ、ふと海中で前方を見ると、―――サメだ。それも一匹、二匹じゃない。サメが群がっていた。
「うひゃー」
と水中眼鏡の中、鼻から息が吹き上り、カーッと身体が熱くなる。

2016年2月3日水曜日

十六.南太平洋編 Ⅶチャレンジ・ザ・マウンテン-3

十六.南太平洋編 Ⅶチャレンジ・ザ・マウンテン-3

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「いやぁー、ひどい目にあった。ガキが止めたわけが分ったわい」 
と、ビヴァーク(野営)の準備を始める。 
 何が出て来るか分からぬ山の裾である。火を絶やさぬよう、薪を燃やし、木刀を握ってうつらうつらと夜を明かす。 
 翌朝、眠い目をこすりながら湾を廻り込み、来た道を引き返す。しばらく行って子供らの居た部落を通ると、僕を見た子供らが「わぁー」と言って寄って来た。 
「いやぁ、無事に帰れて良かった、良かった」 
と、子供らは白い歯を出して僕の肩を叩いたり、手を握ったり、もみくちゃにした。僕を心配してくれた子供らに、食料の菓子などをあげると、 
「ありがとう、ありがとう」 
と幾度も手を振って部落を離れる。子供らも、いつまでも、長い手を振って僕を見送っていた。 
 ガスに巻かれ、登頂出来なかった山ではあったが、もともと登れない山だったのかも知れない。 
 リュックを背負いラバウルの街をゆく僕に土人らが声をかけた。 
「へい、何処へ行ってたのかい?」 
「あの山さ」 「オゥ、クレージ」

2016年2月1日月曜日

十六.南太平洋編 Ⅶチャレンジ・ザ・マウンテン-2

十六.南太平洋編 Ⅶチャレンジ・ザ・マウンテン-2

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  いろいろ言って彼らは僕を引き止めるが、僕の決心は固く、彼らを振り切って進もうとすると、今度は腕や足を持って引き止める。僕を心配してくれる気持ちは嬉しいが、此処まで来て、引き返すわけにはいかぬ、と彼らを振り切って部落を離れ、後ろを振り向くと、子供らが心配そうに立って僕を見送っていた。
「心配するな、生きて帰ってくるから」
と湾をぐるっと廻り込み、半島の先端に出ると、山が完全に見えた。ゴツゴツとした灰色の岩山である。高さもずい分ある。
「うむ、これはロッククライミングになるなぁ・・・・・・」
と、ひさびさの鋭い岩山を見て、胸を躍らせ闘志満々である。さっそく、靴の紐を締め、水筒の水を口に含むと、青空に聳えるとんがった峰を目指して、どんどんと歩き始めた。
 岩は溶解岩であった。阿蘇の岩に似ていた。脆く、危ない岩である。
 気を引きしめ登って行くと、傾斜がだんだんきつくなってくる。この位はなんともないと頭を上げると、モワモワと煙が上っていた。しばらく行って、次第に高度を稼ぐにつれ、「何か?臭いなぁ。」と思い始めた。硫黄の匂いである。それでも我慢して登り続けると、頭痛がしてきた。
「うむー」
と、さらに耐えて登り続けると、夕方になって風向きが変わった。すると、わぁー、と硫黄臭い煙りが舞った、かと思うと、ぼわーっとして目の前が霞み、一瞬のうちにガスに包まれた。頭がくらくらとして、「こりゃいかん」と、慌てて下り始めるが、前が良く見えない。ばたばたと幾度も転げながら降りて行くが息が出来ない。「こりゃ、堪まらん」と慌てて口にタオルを巻いてどんどん下降して行くと、気づいたら山の裾野まで降りていた。あたりはもう完璧に暗くなりかけていた。