2015年10月30日金曜日

五. アラスカの夏-1

五.アラスカの夏-1


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 アラスカの夏は暖かく、半袖でも充分である。フィヨルドの田舎の岩壁。船がやっと一艘、着くぐらいである。
 若い金髪のねえちゃんが、ヘルメットをかぶり、ジーンズのつなぎを着て、カッコ良くブルドーザーを動かす。産業が少なく、人口も少ないので、人々はあらゆる仕事についている。港の近くにはサケの缶詰向上があり、若い工員らがラフな格好をして働いていた。
 この付近はサケの宝庫で、三十センチはあるサーモンが幾らでも釣れる。道を歩いていたら小学生ぐらいの子供が橋の上からサーモンを釣り上げては河に戻していた。贅沢な釣りをするもんだ、と橋の下を眺めてみると、浅い河にサーモンが重なり、きらめいていた。日本の釣りファンが見たら、眼に涙を浮かべる光景である。子供に竿を借りて釣ってみると、三十センチはあろうピチピチしたサーモンが幾匹も上った。
 しばらく、休憩がとれたのでカメラを下げてブラブラと歩いてゆく。すると、
「ヤッホー」
と、車が止まり、車高の高いバンの車の窓から若い男女四人が顔を出して、
「ジャパニーズ、乗れ 乗れ」
と、手を振る。
 何処へ行くのか知らぬが、時間は充分にある。何処へでも行ってやろうじゃねえか、と車に乗り込む。彼らも休暇でこれから遊びに行くと言う。四人とも僕と同じ歳ぐらいで男は髭を蓄えていた。後ろの座席から三リットルはあろうワインのビンが廻って来た。「飲め飲め」と言うのだ。「まさか?」と思ったが、運転手も片手ハンドルでビンを握るとガブガブと口に流し込んでいた。
 大昔、氷河が磨ったであろう、切り立った河岸の曲りくねった道を車が走る。ガードレールなどはない。運転手が酔っぱらってきた。だんだん後ろを向いて大声を張り上げたり、ハンドルをぐらぐら揺らしたり、車を蛇行させながら運転しだし、とうとう飲みほしたワインのビンを窓から投げ捨てると、ガシャン、と後ろの方で音がする。

2015年10月28日水曜日

四.大アマゾン-3

四.大アマゾン-3


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ジャングルの樹木は土の上からではなく、水の上から生えていた。ごわごわとした大きな葉は一枚一枚が濃い緑で、覆い茂る葉の間には、いたるところからツタが伸びくねっていた。赤や青、黄色の尻尾が長くて派手な鳥がバタバタと飛び立ち、気味悪い程の密林の静閑さの中に何時までも翼の音の余韻を残した。うっすらとジャングルにモヤがかかり、薄暗くなり始める頃、僕とインデオは夕陽に、紅く染まるアマゾン河面を背に、河上一路、マナウスへと向った。
 マナウス、ジャングルの中のオアシス、人の住む街。薄暗くうっそうとした何が居るか分からぬジャングルに比べると別世界である。
 インデオの娘がビールを注ぐ赤いネオンの下、深い椅子に腰掛け風に吹かれる。何か訳の分からぬ白身の魚や、エビや貝など、淡水物とは思えぬ深みのある味を楽しみながら、海のようにさざ波のうち寄せるアマゾンの岸辺を楽しむ。路上では子供らが長い夜を楽しみ裸で遊び、カフェーの中えはインデオらがトランプをしていた。
 すっかり、良い気分になった僕はふらふらと、涼しいマナウスの街を歩いて行くと、よく整備された広い道には、人通りはなく、並木が青々と茂っていた。道路脇の緑の芝生の上にブランコがあったので、
「懐かしいなぁ」
と、ブランコに乗り、ギィギィと揺らすと、少年の頃に戻ったようである。気持ち良い肌触り、心地良い風が吹きぬける。日本の早秋の薫りがした。
 子供の頃歌った童謡を口ずさむと、気分が良いのか、気候が良いのか、声が透き通り、さらに気持ち良くなった僕は声を大きくして幾度も歌った。自分で自分の歌に酔っているようでもあった。
 何か?声がするので、ふと前方を見ると、公園の前は、役所か軍隊の寮なのか、高い塀が並び、門衛の兵隊が立っていた。そいつが僕の方を見て、手ぶりで「あっちへ行け!」と言っていた。人がせっかく気持ち良く歌っているのに知った事か、と日本語で「うるせぇ!」と叫ぶと、かまわず無視して歌い続けた。
 そして、ブランコの上から見えたり、見えなくなったりする門衛を、潰れそうな瞼を開けて見ていると、そいつはサッとしゃがみ込み銃の弾込め装置をガシャンガシャンと鳴らしてから、ピタッと僕に向けて照準を合わせた。「はっ!?」ブランコの揺れに合わせて、ザァーと血の気が引いていくのが分った。アフリカの警官の件もある。何をされるか分ったもんじゃない。パッと慌ててブランコから飛び降りると、一目散に駆ける。彼らは振り向かぬ。「撃たれるかもしれない。」と、背中に汗が滲んだ。早く射程距離を離れたい一心に、かなりのスピードで走った。
 一生に一度、出るか、出ないかの好記録を出した僕は、大樹に持たれかかると、「ゼーゼー」と大きく息をした。良い気持ちで飲んだビールがボタボタと流れ落ちた。頬を生ぬるい風がさわった。

2015年10月26日月曜日

四.大アマゾン-2

四.大アマゾン-2


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 四昼夜目に、河の流れが緩やかになり、広い河水留りの河岸に白い建物が見えてきた。マナウスだ。よくも、こんなジャングルの奥地に街を創ったものだ。機材はどうやって運んで来たのだろうか、と、立ち並ぶ建造物を見ては感心してしまう。
 マナウスの街は昔、アマゾンの奥地からゴムを引き出してくる波止場で、当時を忍んでか、道路脇にはゴムが敷きつめてあった。
 大型船がマナウスに入ったのは初めてらしく、僕の乗った船がマナウスに入港した事を、現地のテレビで大きく報道すると、これを見たマナウス近くに住む日本人移住者たちが船を見学に来た。
 僕がワッチ(当直)で立っていると、田舎臭い小柄なお婆さんらが二、三人でやって来て
「兄ちゃんは、何処の生まれだべ」
とか、
「何時までいるべ」
とか言っていたが、東北弁とポルトガル語が混じっていて何を言っているのか、訳が分からなかった。お婆ちゃんらは宮城や福島など、ほとんどが東北出身の人で、陽に焼けた顔にモンペを履き、いかにも元気そうに陽焼けした顔をほころばせながら笑っていた。
「あんた、此処はいい所べぇ、日本に有るものは何でも揃うべぇ。土地も耕した分だけ自分のものになでょ。兄ちゃんも移住したらいいべぇ」
と、しきりに僕を勧めていたが、お婆ちゃんたちは、「日本に有るものは、何でも揃う」と、言っていたが、それは、お婆ちゃん達が居た時代の事で、たぶん、カップヌードルなんかはないだろう。
 マナウスの街に降りると、色の浅黒いインデオが歩いていた。髪は真黒で男も女も三ツ組をしていた。魚市場へゆくと、ピラニヤや一メートルはあるらい魚のようなグロテスクな怪魚がいっぱい並んでいた。思ったよりは狭い街で、歩くとすぐ突き当りとなり、湖のようなアマゾンの河留りはどす黒い色をしていて、波止場で釣りを楽しむインデオもいた。
 僕は小さなボートに乗り込むと、アマゾンの奥地へと進んだ。案内のインデオは無口に船を走らせ、モーターボートは快適に河を逆昇って行く。


2015年10月23日金曜日

四. 大アマゾン-1

四.大アマゾン-1


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 僕を乗せた船は大アマゾンの河口に近づく。巨大なブルドーザーを南米大陸の中間地点、マナウスまで運ぶためだ。雨期を狙っての航行である。上流から流れ出る水流に逆らって大アマゾンを逆昇ろうとする。大型船、初めてのチャレンジであるらしい。
大西洋のコバルトグリーンの海面に真黒い色が流出していた。河口が近い。ザァーと、たいした抵抗もなく黒い水流に乗り込むと、うっすらと島らしい影は見えるが、水平線も見える。さすがに広い。海のようだ。水平線がギザギザになっている。
 河口で河を逆昇るための水先案内人を乗せるため錨を打って止まっていると、サーッサーッと水すましのようにカヌーがいっぱい近づいてきて、パパイヤなどの果物を持ってくる。僕らは船からドラム缶やバケツを下げては、品物を受け取る。
 一昼夜、昇りつめると大草原が見えてきた。今度は地平線が見える。広大なサバンナ地帯で緑が青々しい。しばらくすると、そのサバンナ地帯に富士山のような三角すいの山が雄々と聳え立つ。美しい山。絵画か、何かを見ているような錯覚に襲われてくる。
 エンジンをフル回転してさらに河を逆昇る。風呂に入ろうとして間違って海水バルブを開けると、茶色っぽい色のついた水がザーッと流れ出た。アマゾンの水だ。慌ててバルブを閉めるが、洗面器の中には水だけではなく、土砂や貝殻のようなものも含まれていた。上流の、さらに上流のアンデスの山奥から、雨で掘られ流出する石や貝。アマゾンは吐き出すようにアンデスの土砂流をも押し流していたのだ。
 さらに一昼夜すると、ずいぶん河が狭まってきた。濃い緑のジャングルが間近となり、「グワッ、ギャッ」と、鳥や獣の声が聞こえてくる。河から見るジャングルは密度が濃く、グリーンの葉やツタの間隔が狭く、濃い緑ばかりで光は漏れてない。
 狭い水路を通ると、ジャングルも間近となり、獣の気配が感じられ、バタバタと、総天然色のオームが飛びかったりする。中州が沢山あるので、蛇行、蛇行と蛇のように河がくねり、つらなり、暗いジャングルの隙間をぬって航行するが、再び大河に出ると、河の色が濃くなってくる。

2015年10月21日水曜日

三.蒼い波-2

三.蒼い波-2



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 水平線に虹が掛かる。虹の端というものを見たくて、少年の頃、自転車に乗って丘を駆けた覚えがある。実際に水平線や地平線に虹が掛かると、水面や地面の下にまだ光を隠しているんじゃないか?と思える程、水平線の下に続きがあるように、くっきりと水平線に真半分で表れる。水面下の虹は別の世界が所有しているように思われる。
 海に顔があるように……各々、海々の朝焼け、夕焼けもまた、十色である。十色どころか、毎日の気候、気温、湿度によって大幅に変化する。むろん、各海洋によって大きな特徴はあるが……。
 朝焼けはブルー、夕焼けはオレンジが主体となる。次から次と変化する色合いは、それは美しいもので、絶景である。絵具やネオンでは見た事もない、とうてい人間が創り出せないであろう色合いが、次から次と演出される。朝、夕焼けとも約二時間、この大ドラマは毎日、演出される。
 昔の人が夕焼けの奥に極楽浄土や桃源郷を見たというのも当然で、神秘的で奥深いものである。
 僕も缶ビールを飲みながら、刻々と変化するこの絶景を眺めていると、あの色彩の奥深くに別世界があるのでは…というような錯覚におそわれてくる。何もなければ、あんなに美しい色彩が出てくるはずがない。それ程、この世のものとは思われぬ色彩が雲の中に滲み、きらめく。
 陽が沈むと、星がぐわー、と群棲する。南半球のあらゆる星座が集まり大パノラマとなる。星がデカイのだ。光星が多く、キラキラと空いっぱいに輝く。これも、また人間が創り得ない最高の輝きである。宇宙が近いのを間近に感じる大気の透き通る闇の中、オールキャスター星座、宇宙の大演出である。
 星を眺めるのに飽きたら、海を眺める。夜の海は音を吸い込み波が声を出す。船体が切る波の音と、潮がうねる波の音とがぶつかり合い、独特のシンホニーとなって、吸い込まれるような、海の中より響いてくる。
 海面には夜光虫がキラキラと光り、船体の切る波に飲まれ、消えてはまた光る。海一面、キラキラの海蛍。
 空を仰げば何億光年先からの鋭い光。自然の演じる光や色や、ささやきは毎晩毎夜、僕に語りかけ、決して飽きることのない海上の日々であった。

2015年10月19日月曜日

三. 蒼い波-1

三.蒼い波-1


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 インド洋は透き通り、大きくうねる。太平洋にはない、やさしさがある。グリーン、グリーンの海、海原である。
 人に顔があるように、海にもそれぞれ顔がある。太平洋は明るく陽性でブルー一色。大西洋は暗く、陰鬱な雰囲気の漂う濃紺。インド洋は、すべからく濃いグリーンで、グリーンの波が大きくうねり、起伏をもって漂う大きな草原のような海である。ミクロネシアの珊瑚礁の海は薄い黄緑で、キラキラと太陽の光が海中の奥深くまで透き通り、海というより清涼飲料水に近い特別の液体を思わせる。
 この十種十色の海原の上に、また十種十色の雲が浮かぶ。南方の雲は、すべて縮れ雲でソフトクリームのように頭がぐにゃぐにゃになっている。下方がスポッと、水平線に平行に切れ、小さな縮れ雲が、幾つも幾つも、同じ感覚をもって、水平線の彼方まで続いている。
 入道雲と呼ばれる積乱雲は白いが、水分をたっぷりと含み重そうに今にも落ちて来そうな雲は、虫歯のように黒い。この雲から落ちてくる壮烈な雨はスコールと呼ばれ、小指程の太い雨の玉をボトボト落とす。スコールが来る時は、ビューと風が吹く。風が突風に変り、かなり激しく吹いてくると、一面、真っ暗となる。点の電燈すべてを消したような日中の停電となると、ザァーと、もの凄い勢いで雨が降りだす。大粒の雨がバチバチと当り、あたり一面、洪水のような水びたしとなる。これが、ほんの数分も過ぎると、カラッと陽が照り太陽が見え、天の電源が入る。
 スコールぐらいは可愛いもので、嵐となれば地獄絵巻となる。空一面、グレーの雲が覆い、その高方に真黒い雲が浮び、雲の奥深くから稲妻が走る。ピカッ、と光る稲妻はゴールドのギザギザの光を四方八方へ走らせ、海に、ドーン!と放電する。まさしく、天が割れた、と思わせる程の天の切れ具合い。

2015年10月16日金曜日

ワタの旅と冒険-2 アフリカ偏(Ⅶ カンフーの先生-2)

ワタの旅と冒険-2 アフリカ偏(Ⅶ カンフーの先生-2)


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「場所は、その空地でどうだ」
。とも言った「いやぁー、こりゃまいった事になった」
まずい事になった、と思う、が、とっさに彼の肩を叩くと、
「いやぁチャンピオン、ユーア ストロング、ナンバーワン(あんたは強い、あんたが一番)」
と、出来る限りの誉め言葉を並べ、酒場の親父にビールをどんどん持って来い、ウィスキーを持って来い、食いものを持って来いと怒鳴り、飲めや食えやの大盤振舞いをした。食って飲んでりゃ気分は上昇してくる。僕は酔う暇もなく、彼にビールを注ぎ、幾度も彼の肩を叩いて「チャンピオン」「チャンピオン」を連発した。
 彼もしだいに、うちとけ「フレンド、フレンド」と僕の肩を叩いて大ご機嫌である。
 こうして難を逃れた僕は、チャンピオンと即席の友情を交し、彼の試合を見る約束をした。
 唯一の体育館は熱気で蒸していた。何処からか集って来た人々で満杯となり、「ワァーワァー」と、歓声が飛び交っていた。
 前座の少年ボクシングが始まっていた。小学生ぐらいの子供が真剣に殴り合っている。日本の子供相撲みたいなものと思われる。
 チャンピオンがリングに上ると、歓声はさらに大きく渦を巻きチャンピオンベルトを付けたチャンピオンがリングを廻るとムンムンとした熱気が館内いっぱいに漂った。
 ノックアウトで勝ったチャンピオンに、さらに歓声は飛び交い、リングに物が投げ入れられ、「うぉー」と、もの凄い歓声である。館内は沸きに沸き、汗が流れた。
 暑く、熱気が感じられ、バイタリティあふれる西アフリカ、自然、人々、すべてのものにアフリカの匂いがした。原色に近い大陸、それが西アフリカの魅力である。東や南にはない激しさ、荒々しさが漂う濃い濃い色彩の塊のような西アフリカ。すべてが眩しく輝き、地球上に残された、地球の色を持ったエキゾチックな大陸であった。

2015年10月14日水曜日

ワタの旅と冒険-2 アフリカ偏(Ⅶ カンフーの先生-1)

ワタの旅と冒険-2 アフリカ偏(Ⅶ カンフーの先生-1)


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 アフリカ大陸をさらに南下して、さらに南のカメルーンへと着く。丁度、ホンコン映画が上演されていた。このあたりになると東洋人はほとんどいない。道をゆくと、「チーノ」「チーノ」と声をかけられる。彼らは「ジャパン」という国を知らないのだ。東洋人はすべて、チーノ、チャイナ、中国人である。
 子供らが、ぞろぞろ後をついて来て、「ヤッ!」とか「ワッ!」とか言っては拳法のポーズをとる。子供らの数が段々増えてきて、その中の賢そうな子が代表で僕に英語で、「カンフーを教えてくれ」と言った。
 カンフーは知らなかったが空手と柔道は学生の時、少し齧(かじ)った覚えがある。どうせ暇だからと彼らに毎日、午後から広場で適当な空手を教える事にした。
 何日か後、この事が街中の噂となり、僕はカンフーの先生という事になってしまった。この国の人々は濁点が喋れず、僕の名を呼ぶのに、「ワダ」とは言えず、「ワタ」と呼んだ。子供らが、
「ワタ!ワタ!」
と、声をかけた。道を歩けば誰もが
「ワタ!カンフーティーチャー」
と叫んだ。食堂へ入れば親父が
「ワタ、チャンピオン」
と、言って御馳走を運んでくる。若い女も寄ってくるので、
「こりゃ、いいや」と、すっかり良い気分で「おう!」とか「うむ」とか言って、厚い顔をさらにぶ厚くさせ、威張って歩いていた。
 ある日、この国の国技であるボクシング大会が街で開かれるようになった。そして、この国のチャンピオンのボクサーが街へやって来て、僕の噂を聞いたらしく、ボクシングとカンフーとどちらが強いか、闘ってみたいなどと言っていた。
 良い気持ちで酒場でビールを飲んでいるところへ、そのチャンピオンがやって来た。ボボ・ブラジルのような顔と体格をした大男である。眼付きも鋭い。取り巻きの男が英語で
「チャンピオンがあなたと試合をしたいと言っている」
と言った。

2015年10月12日月曜日

ワタの旅と冒険-2 アフリカ偏(Ⅵ グリーンの制服-2)

ワタの旅と冒険-2 アフリカ偏(Ⅵ グリーンの制服-2)


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しばらくして、グリーンのダブダブの制服を着たポリスが走ってきた。色が黒いのに制服がグリーンで、何か色の調和がアンバランスで妙な感じがした。爬虫類人間のように見えた。彼は僕ら二人を認めると
「派出所まで来い!」
と、言った。めんどくさい事は嫌だったが、この大勢の人が見守る中、逃げ出すわけにも行かず、しぶしぶ男とポリスの後をついて行った。
 派出所は日本と変りなかった。ポリスはテーブルに座ると、
「どうした?」
と僕に尋ねたので
「こいつのカメラを取られた」
と男の方を指さしてカメラを見せた。すると、ポリスは僕のカメラを一時(いっとき)見ていたが、手を出して、「よく見せろ」と言ったので、カメラを彼に手渡すと、ケースを開け、興味げにいじくっていた。が、再びケースに入れると、机の引き出しの中に直し込んだ。何か証拠物件として一時保管するのだろうか?ポリスは再び椅子に深々と座り直すと、男に「行け!」と手を振った。すると、男は何もなかったように黙って、そして僕の方をチラッと睨みつけて出て行こうとする。僕は男が出て行く姿を唖然として見ていたが、ポリスに
「何故あの男を逮捕しないのか!あいつは俺のカメラを取ったんだぜ!」
と日本語で口から泡を飛ばしながら両手を振って叫ぶが、ポリスは、うるさい蝿でも追い払うように、手を振ると
「お前も帰れ!」
と、投げ捨てるように行った。頭にきた僕は、
「カメラ!」
と手を出すと、ポリスは腰からピストルを抜き取り、“バン”と、テーブルの上に置いた。そして、ガッと椅子を引き、テーブルの上に足を投げ出して組み、澄ました顔をする。
「こ、こいつは警官のくせに人のカメラを取るつもりだな!」
と怒りが込みあげてきた。さあ、どうする?カメラは引き出しの中だ。ピストルはある。「うむ・・・」と、唸って、サッ、と机の内側に廻り込むと、カメラを入れた一番下の引き出しを開けて、パッ、とカメラを握り、握るといなや、バッと一目散に駆けた。後ろを振り向かず、猛スピードで駆けた。
「撃たれるかもしれない撃たれるかもしれない」
と胸が締めつけられ汗が吹き出た。
「とんでもない国もあるもんだ、何の為の警察か!此処には信用するものは何もない。信じちゃいかん、何もかも、メチャクチャだ!」
と叫びながら、ぬるい月の吹く夜の街を駆けて行った。

2015年10月9日金曜日

ワタの旅と冒険-2 アフリカ偏(Ⅵ グリーンの制服-1)

ワタの旅と冒険-2 アフリカ偏(Ⅵ グリーンの制服-1)


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ガーナの西にベナンという、「イャー」とウルトラマンに投げられる怪獣のような名の小国がある。ホルトノボという訳の分からん名が首都だ。コートジボワールやガーナに比べたら、かなりの田舎で植民地時代が少なかったせいか、アフリカ色の濃いアフリカそのものの国である。サラサを腰に巻いただけの土人が多く、市場には人がごったがえしていた。また、妙な食べ物も多く、好奇心を誘った。
 街をぶらぶらしていると、若い男が寄って来て、「フレンド、フレンド」と僕にまとわりつく。しょうがないので旨い物を食わせる食堂などを教わっては、彼におごっていた。
「まぁ、大した金額じゃないし、街の様子も分かるから良いや」

「あっ!」と、思っていた。だが、この男、食堂で食っている僕の隣へ座っていたが、テーブルの上に置いてあったカメラを握ると、サッ、と一目散に駆けだした。
と、突然の事にあっけにとられていたが、僕も彼を追って走る。街を駆ける原地人、それを追う東洋人。僕の方が速く、道で彼に飛びつくと、足払いをして、柔道の締め技をかけた。「くくっ!」街の真ん中である。何処からか人がワイワイ言って集って来た。街中の人間が集っているのではないか、と思う程、黒山の人がたかり、僕らを見降ろしていた。「はっ!」と額を上げると、土人に顔がいっぱいあって、一瞬ドキッとするが、この男、この街の札付きらしく、誰も彼を助けようとはしない。急に気味悪くなった僕は彼を離して立ち上ると、土人らの輪の中で、さりげない顔をして服の埃を落としていた。すると、土人の人ごみの中から、人をかき分けて白い髭を蓄えた長老の爺さんと、その取り巻きであろう、眼付きの鋭い若い土人らが出て来た。そして、この水戸黄門のような爺さんは、
「東洋の人よ、この男が何かしたか?」
という意味らしき事を言った。
「このカメラを取った」
と、カメラを長老の目の前に突き出して言うと、長老は、キッ、と道路にしゃがみ込んでいる男の方を睨み、
「ポリスを呼べ」
と、言った。

2015年10月7日水曜日

ワタの旅と冒険-2 アフリカ偏(Ⅴ ガーナの父)

ワタの旅と冒険-2 アフリカ偏(Ⅴ ガーナの父)


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 コートジボワールの隣にガーナがある。この国はチョコレートだと、子供の頃に思っていたが、高層ビルを持つ立派な国だった。独立は早く、アフリカ隋一である。この国の初期大統領にクロマニョンという人がいる。独立の父である。それとともに、全アフリカ共和国を創ろう、とした理想の人である。アフリカファンである僕はこのクロマニョンを尊敬していた。

 クロマニョンは運動の途中、アメリカに外遊中、国内にクーデターが起こり、追放されてしまい、全アフリカどころか、ガーナにおいて失脚してしまったのである。影に大国の力があった事はいうまでもない。
 街のバーで飲んでいて、隣の席の男にクロマニョンの事を聞くと、彼は密かにガーナへ戻り、ジャングルの中で体制を整えるべく潜伏している、という。
「そりゃ、良い事を聞いた、実は俺は日本の記者なんだが、クロマニョンにインタビューしたいから是非会わせてくれ」
と、デタラメを言うと、彼も
「ウムー」
と唸っていたが、
「それじゃ、会見させよう」
と言った。
「早い方がいい。今からアジトへ行こう」
と彼を急かしてバーを出ると、彼の車に乗り込み、街を出てジャングルへと向った。
「こりゃクロマニョンと会ったとなると大スクープになるぞ!」
と胸をときめかしていた。
 舗装のないガタガタ道を揺られ、小さな部落へ着くと、藁ぶきの小屋が幾つも並び、犬の鳴き声がしていた。男は車から降りると部落の中へ入って行き、なかなか出てこない。
「どうしたのか?」と思い、しばらく車で待っていると男が戻って来て
「彼はつい最近まで、この部落に潜んでいたが、もう此処にはいない」
と言う。本当かどうか知らないが此処まで来て居ないのではしょうがないと、さっきまで高鳴っていた胸も落胆してしまい、再び車に乗って街へ戻るが、
「彼はあの部落に居たのではないか…?」

という気がしてならなかった。夜が明けようとしていた。ガーナの風は生ぬるく肌を誘った。

2015年10月5日月曜日

ワタの旅と冒険-2 アフリカ偏(Ⅳ 象牙海岸の月-3)

ワタの旅と冒険-2 アフリカ偏(Ⅳ 象牙海岸の月-3)


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「うぉ、こいつは強そうだ・・・・・・」
まともに闘っては勝ち目はないと、とっさに空手のポーズをとる。すると、さすがの大男も身じろぎ、藁の上にある長い草刈り鎌を握った。一メートルはある弧を描く刀のようなものだ。あれで切られては堪らぬ、と暗闇の中を探すと、もう一刀あった。刀を握るや、さっ、とベランダへ駆け上る。男が追いかける。
「ガチャン、ガチャン」
と、決闘の始まりである。満月であった。煌々と輝いていた。腕が重い。長い刀を振るたびに、ぐっ、ときた。
「ガチャン!」
と、刀が合わさると、ビリビリと腕が痺れた。
「ああ、こんな事は早くやめたい」
と、金色に輝く月を、チラッチラッと見る。しばらくすると、ガウンを着た女が降りて来て、僕の方を見ながら、男にフランス語の早口で何か喋った。何を言ったか?男は、刀を投げ捨てると、僕の方を見ようともせず女と去って行った。
 月に照らされ、刀を握ったまま、仁王立ちに立つ、残された日本人一人。
「むむ・・・・・・」
彼女は何を言って彼を脅かしたのだろうか、そういう事は、どうでも良かった。僕はもう彼女のアパートへ寄りつかなかった。
「けったくそ悪りい!」
と、言いながら、バーでビールを飲んでいた。

2015年10月2日金曜日

ワタの旅と冒険-2 アフリカ偏(Ⅳ 象牙海岸の月-2)

ワタの旅と冒険-2 アフリカ偏(Ⅳ 象牙海岸の月-2)


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彼女の顔パスで入ったディスコホールには彼女と同じような色をした、ハーフの男女が大勢居た。植民地時代が生んだ“落し子”、いや、落し孫だろうか。
 その後、何軒か店を変え、ブルーやレッドのネオンの中、ひさしぶりに酔い、気分の良い思いをした僕は、彼女のアパートに居た。一DKの簡素な部屋で、天井が高くプロペラのような三枚羽根の扇風機が廻っていた。家具もほとんどなく、コンクリートの白い壁ばかり目についた。二階である。一階は倉庫か納屋になっているらしく、ベランダから覗くとワイワイ言って人が通り過ぎ、夜明けと同時に人の声で眼が覚めた。

 長い停泊であった。船での当直を済すと、彼女のアパートへ通い、街をぶらつき、疲れると彼女のアパートにひっくり返った。彼女は下着のままノートをとって勉強していた。試験が近いなどとも言っていた。暑い日が続いた。
 深夜、眠っていると突然、けたたましくドアが開いて、白人の大男が入ってきた。男はベッドに近づくと、もの凄い声でわめきながら、女を引きずり出した。顔は真っ赤だ。彼はわめきちらしながら女の頬っぺたをバンバンと殴った。女は怯えながら、
「この、ジャポネは、カンフー、カラテができる」
と叫び、男の胸を突くが、男は彼女の肩をつかむと、再び強くビンタンをはつった。なおもつかみかかろう、とする男の手を逃れ、女は窓からベランダへ逃げた。素裸だ。それを追う男。

 その間、素早く僕は服を着ると、窓からバッ、と飛び出て男を追いかける。ベランダごしに螺旋階段を伝って一階の納屋に駆け下りると、男が振り向き、立ち止った。ぐっ、と僕を睨みつけると、ゆっくりと歩いて向って来た。