2012年7月25日水曜日

43今どき破天荒な男達の物語

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今どき破天荒な男たちの物語の1 

 その中野も、現地泊まりで山さんらと一緒に仕事をしていたが、ある日、山さんに会って話していると、
「いやぁ、中野は体力があるしよく働くんだが、何故かぬけているところがあって用事をいいつけてもようこなしきらん。困ったもんだ」とぶつぶつ言っていたので
「もしかして山さん、中野にあれやれこれやれってまとめて用事を言いつけてるんじゃないかい?」と僕が尋ねると
「ああ、朝、仕事にかかる前にまとめて言ってる」
「ははーん、それが悪いんや」
「えっ?」
「アワワワってまとめて言うと混乱してしまうんやわぁ。まず、あれをやれってやらしといて、今度はそれが終わったらこれをやれって言ってひとつずつ仕事を言いつけてみたらどうかい?」と言うと
「うん、明日からそうしてみよう」
と、山さんは頷いていた。
その後、山さんに会ったら、ニコニコしながら、
「いやぁ、君の言う通りにしたら中野がよく仕事が出来るようになったよ」
と、感激しながら言い、
「君は中野の操縦法をよく知っとるなぁ。中野の観察家だなぁ」
と、感心しながら言っていたが、観察家じゃなきゃこんなものは書けん。

しかし、かくいう僕も以前、中野に完璧に馬鹿にされたことがあった。
ひさしぶりに皆んなで近郊の山へ泊りがけで行き、その夕は肉や野菜をひんちぎり、水炊きを作って楽しい宴会となったが、何か訳けの分からぬものも沢山入っていたようで夜中、急に激しい腹痛と下痢をもよおし、そのあまりの激しさに堪えきれず、登山靴を履かぬままテントを飛び出して河の方へ転げて行った。冬であった。雪のなkを転げ、バキバキと河の氷を割って歩き、ようやく用を足して氷の欠片で何度も尻をぬぐい、ひと息吐(つ)いてあたりを見廻すと真暗である。テントの明かりが見えない。おかしいなぁ?そんなに遠くまで来たかなぁ・・・?と思ったが、なにしろ夢中で気づかなかったようである。
まぁ、なんとかテントまで辿り着くだろうと河の氷をバキバキ割って歩き出すが、全く位置の見当がつかない。そのうち靴下は濡れてぐちょぐちょになるし、冷たくて足が痺れてくるわで寒さが身体中を覆いだす。こういうことが皆んなに知れたら馬鹿にされるだろうなぁ・・・と一瞬思ったが、さすがにこの寒さには耐えきれず
「おーい」「おーい」と真暗な中、叫び出し
「おーい」「ふぉーい」とだんだん声が薄くなる。


しばらく悲愴な叫びを上げるとキラッキラッとキャプライト(携帯用の懐中電燈)の明かりが近づいて来た。助かった!と思った僕は
「おーい、此処や!誰かぁ?」と叫ぶと
「あんた、こんな夜中に何しとるんかい?」と、中野の声である。一瞬、しまった!相手が悪い、中野に馬鹿にされたらお仕舞いだ、と思ったが
「あんた、気が狂ったんと違ゃうんかい?」
と、目をこするキャプライトに照らされた中野の顔が見えた。そして、
「困った人やなぁ・・・」
と、ぶつぶつ言う中野の後を、湿った靴下のままとぼとぼとついて行った。
翌朝、
「あんた、キャプライト持ってないのかい?傍に置いて寝るのは登山家の常識やぜ」
と、完璧に馬鹿にされてしまった。



2012年7月23日月曜日

42今どき破天荒な男達の物語

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 その後、中野はチベット遠征の資金集めのため、再び長距離トラックに乗り込むと日本列島を縦断往復することになった。
 ある日、大分の国道沿いの登山用具店の前に、恐ろしく長いトラックが迷惑げに駐車していた。車が通れない僕は、「珍しく図々しい奴が居るなぁ・・・」とぶつぶつ言いながら店へ入って行くと、中野が居た。彼は少しやつれたような顔をしていたが「いやぁ、おかげで車を運転しながら飯を食うのにも慣れたわぁ」と恐ろしいことを言っていた。
 彼は三ヶ月程で二百万程の金を作ると、ヒンズクシーの奥、未踏峰ポ・ロンリーへ登山隊員として旅立った。この隊は主にうちのクラブで構成され、この登山で大事な先輩を一人失
ったが、奇想天外の山さんが頂上に立つことが出来た。

 こうして中野は、目下の目的であった遠征を済ますと、再び目的もなく船乗り洋ちゃんのアパートに寝そべっては温泉浴場“楽々園”へ通っていた。そして、奇想天外の山さんと一緒にボイラーの取り付けの仕事をしだしたが、二人とも古墳が好きなようで、盛り上がった丘があれば「古墳だ、古墳だ」と言ったりして、地方に行くたびに古墳や名所巡りをしていて仕事にならなかったようであった。
 奇想天外の山さんはその後、建築というかインテリアというか、ログハウスのようなものを建てる会社を創立するが凝り性の性分から、自分が納得するまで仕事をするものだから、屋根の方まで行くと必ず赤字になっていた。趣味の嗜好が強すぎて、子供がプラモデルを作るように楽しみながら作るものだから、作ってもらう方は良いが本人や従業員は堪らない。
 阿蘇のペンション村でペンションを一軒建てていたが、ペンション村内で格安に出来るペンションといって話題になり、同業の建築業者なぞが見学に来ては頭を傾げて帰っていた。
「働いて借金が出来るぐらいなら、山さん、三ヶ月何もしなくて寝てれば良かったのに・・・」
と、中野が口惜しそうに言っていた。





2012年7月20日金曜日

41今どき破天荒な男達の物語

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 こうした中野も、パンツ事件でオカルト好きの山下と別れる時、帰国する彼に金を借りていた。帰国後さっそく、山下の喫茶スイス・シャレーへ行くと
「長い事、すまんやったなぁ。金返すわぁ」
と言って、一握りの札束をジャンパーのポケットから出した。
不思議なことに、帰国後、彼は金を持っていた。ざっと百万はあろう大金である。奴は外国
で何をしていたのだろうか・・・?
「いくらだったかなぁ・・・?」と、知っているのにとぼけて聞くと、山下はチャプチャプ、コーヒーを洗いながら「ちぇっ!」知ってるくせに、という顔をして
「二十万じゃ!」と、吐き捨てるように言う。
「すまんやったなぁ・・・」よう覚えとったなぁ・・・という顔をして中野は二十万、指でめくって数えると山下に手渡した。そして、再び札束を眺めては「減ったなぁ・・・」と呟くので、僕が「金を渡したら減るのは当たり前じゃ」と笑いながらいうと「そうやな」と納得したように言い、札束をポケットへ入れた。そして僕は、中野と雑談していたが、ふと、カウンターに座っている僕の足元を見ると、一万円札の海であった。なんと彼は半分以上も落としていたのである。他の客は居なかった。

 このように、彼は金銭感覚があるようでない。
 また、彼がヨーロッパで買ってきたクライミングシューズを僕が買うことになって、僕がアラブ仕込みでそれを値切りたおすと結局一万五千円で値がついた。
山下のスイスシャレーのカウンターで、万札しか持ってなかった僕に彼が釣りの五千円札をくれることになった。ところが僕の方は、値切ったので中野が釣りの五千円札をくれないのでは・・・?と思い、中野の方は、靴をすでに握っている僕が金をくれないのでは・・・?と疑ってお互いに金を出さない。


僕が、「おい、金を出せ!」と言うと、「あんた 先、出しな」と中野が言う。「お前が出せば俺が出す」「嫌じゃ、あんたが出さんとわしも出さん」と二人で言い合う。
カウンター内の山下はコーヒーカップを洗いながら、チラッチラッと軽蔑の眼差しで見る。
結局、二人同時に金を出そうということになり、カウンターにパッと僕が二万円置く。すると中野もパッと五千円を置きお互い素早くサッと金を握る。そして「ほっ」良かったと息を吐く。山下は馬鹿にした眼でチラッチラッと見る。
「お前はアラブ人みたいな奴やからなぁ」と言えば
「アラブ人はあんたやろ」と中野が言い返す。アラブ人が聞いたら気を悪くする会話である。



2012年7月18日水曜日

蝶 の 舞 い

僕の友人たち
此処へ来て座りなさい。
空は白く澄み渡り、
色々な物語りとともに
お話しをしましょう。
長い雨は終わり
こうして 椅子の前に、花が咲き
水に野に薫り浸たり、
なかなか素敵なひと時となっております。

私が 私が、若い頃
色々な思い出が通り過ぎ
   通り過ぎ
こうして窓の傍らに座れば
なかなかの夕陽が
差し込んでまいります。

何もなかったように雲は流れ、
空が空が 眩し過ぎ
私の胸に溶けて
流れようといたします。

幾つかの花は
傍らに寄り添い
花粉を散らし
宙に舞い 舞い上がる
こうしていられる幸せを
いつまでもたもちつづけていたい
空いっぱいの蝶の舞い



越   冬

君達の家はどうだ

どうにか、冬は越せそうか

火は燃えているか

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2012年7月16日月曜日

40今どき破天荒な男達の物語

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 その後、中野はインドからバングラデシュへと渡り、この餓死の続出する世界一貧しい国がえらく気に入ってか、はっきりした期間は言わなかったがかなり長く滞在したようであった。おそらくこの国の信じられぬような物価の安さに感激したのだろう。しかし、あんな地獄絵巻みたいな土地に長らく滞在する外国人も珍しい。
「何が?そんなに彼を惹きつけたのだろうか?」と思っていたが、行きつけのうらびれたおでん屋で飲んでいると、その理由が判明した。


「おっさん、わし、ニラくれんか」
と僕は沸き上がる鍋を指さして言うと、中野も
「おっさん、わしもや!」
と言う。
よく煮つまったニラが皿に盛られると、中野は鼻を近づけくんくんと匂いながら
「ああ・・・このニラの匂いはあのバングラデシュの女の匂いと同じや!しかし臭かったなぁ・・・」
と突然何かを思い出したように言うと、狭いカウンターに座っている他の客らが、「うん?」と聞き耳を立てる。
「君はバングラデシュで遊んだのかい?」と奇想天外の山さんが尋ねると
「そりゃぁ、あそこは十代の若い娘ばっかりで、信じられん位安かったから毎日、やりまくったわぁ」
と言うのではは~ん、それがあったからバングラデシュにずぅーと居たのか、あそこは人がボロボロ餓死する国だから身売りも多かろう。しかし、バングラデシュには外国人はほとんど行かないはずだから少しでも小銭を持っている中野はもてただろう。と、薄暗い部屋で、アラビアンナイトみたいに若い女を何人もはべらせて良い気で顎を突き出している中野の姿が、おでん鍋の湯気の中に浮かんだ。
「しかし、あそこの連中は何食っとんのやろ?臭かったなぁ・・・。あそこの女でこのニラと全く同じ匂いがしたのがおったが臭かったなぁ。傍に寄るとムッとしたがあの女、ニラ食っとったんかなぁ・・・?」
と箸で皿のニラを突っつきながら言うと、店の中は聞き耳を立てている人が多いのか「しーん」としてきた。
「それでも君はやったんだろ?」
と奇想天外の山さんが箸でつまんだ豆腐を口に持ってこようと、下をうつむきながら、さも中野の行動を見透かしたようにポツリと言うと、中野は何かを思い出したように、長い舌でぶ厚い唇をべろりといやらしくなめて
「ああ、やった。やりまくったわぁ。鼻つまんで朝までやりまくったわぁ」
と言うと、山さんはカクッと頭を落とし喉をつまらせながら
「かぁー」と顔をしかめ、無声音を発した。その瞬間、今まで下をうつむき、おでんを食いながら静かに聞き耳を立てていた客の顔が、さっ、と一斉に上がり目をまん丸にむいて中野の顔を見た。
 これがバングラデシュ長期滞在の真相であった。こうして彼はさらにバンコックに渡り、此処でもセックスアニマルと化した中野は、狂ったように年はもゆかぬ遊女らをうはうは犯しまくると、バンコック航空機に飛び乗り一路日本へと飛び立ったのである。




2012年7月11日水曜日

39今どき破天荒な男達の物語

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今どき破天荒な男たちの物語の1 

 また彼はヨーロッパアルプスだけじゃなく、ヒマラヤにも登ろうと強い憧れと野心とを持って、イスタンブールからアジア大陸へと渡り、トルコ、イラン、アフガニスタン、パキスタンと、最も気候も治安も悪いとされるアジアハイウエーと呼ばれるボロボロの道を、同じくおんボロのバスに揺られながらネパールへと辿り着く。そしてさっそくヒマラヤ山脈に入ると七千メートル級の山を二つ程登り、物価の安いこのあたりをうろうろとした。
 そして此処で現地で知り合った日本人旅行者と、ひさしぶりに旨いものでも食おうということになり、市場へ行って鶏を一羽買った。
「旨そうやなぁ・・・」
と、キツネのように目をギラギラさせながら鶏を下げ、街の食堂に入る日本人二人。さっそく店の親父を呼びつけると
「おい、これをさばいて料理するのは幾らだ?」と尋ねる。すると髭づらの親父は無愛想な顔で
「七十ルピー」と、ネパールの物価にしては法外な値段を言った。二人とも「むむ・・・」と頭にきたが、ひさしぶりに肉にありつけるとあってそこはぐっと我慢して
「まぁええわ、さばいてくれ」
と注文する。「ごくっ」と二人で唾を飲み込み、わくわくしながら待っているとしばらくしてキッチンされた鶏が皿に盛られてきた。と、ところがである。その皿を見て二人ともギョッとした。そして、二人同時に
「あっ!て、手羽がない」
と叫んだ。さき程の法外な値段と、生唾飲んで、まず肉の締まった手羽からと・・・待ちわびた期待感とが裏切られ、一気に彼らの怒りは爆発した。


「うお!」
と二人で親父を抱え上げると道路にドスンと落とし、二人でコブラツイストや四の字固めを交互に掛けた。親父は「ヒーヒー」うめき「なんだなんだ」と道ゆく人らが集まって来て、わいわい言って見物していたと言う。
「いやぁ、手羽がなかった時はほんま頭にきたぜ。ほんま、せこい奴っちゃなぁ」と思い出し怒りながら言い、さらに
「しかしあの時は、何処からか人がわいわい言って集まって来て、ふと見上げたら、わぁわぁ言いながら大勢がわしらを見とったので、慌てて親父を離したが怖かったぜほんま」
とも言っていたが、そういえば中野はよく
「昔の中国で、日本の軍隊が工事人夫を集めよう思うて、広場でピーヒョロ音楽鳴らすと何処からか中国人がぞろぞろ集まって来て、日本の軍隊にぱぁーと広い網を掛けられて連れて行かれたらしいが、アホな奴らやなぁ。音楽鳴らしたぐらいでぞろぞろ出てくるかなぁ。鶏つかまえるみたいやなぁ」
と話していたが、僕はネパールの彼の話を聞きながらその話を思い出していた。
 確かに僕も、西アフリカで、盗っ人の土人をつかまえ、路上でこらしめていたがその時も何処からかぞろぞろと土人が集まって来て、ふと見上げると町中の人の顔が有ったが、やはり寒気がするほど気味悪かった。あのように何処からかともなくぞろぞろと人が集まって
来る群集心理というのは、おもしろいものではあるがまた大変気味悪いものでもある。





2012年7月8日日曜日

38今どき破天荒な男達の物語

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今どき破天荒な男たちの物語の1 

 サハラ砂漠というのは僕も行ったことがあるが、砂ばかりのところだけじゃなく、ステップかサバンナのような乾燥した荒地が多い。タイヤの跡が付いているというだけの道路に、窓のない信じられぬようなおんぼろバスが砂煙を上げて走っている。彼はこの道路を自転車で行ったらしい。
「いやぁ、途中でえらくアラブ人に世話になったなぁ」と彼が言うので僕はギョッ、と耳を疑った。アラブ人というのは確かにアリババの国らしく、気が許せず、今もそうであるが戦争、騒動なぞというのは奴らの祭りみたいなものでとにかく騒がしい人種である。それに僕は駅員に料金を倍ぼられ(・ ・ ・)たし、盗賊に会うわ、道を尋ねれば嘘ばかり教えられるわで、彼らに対する印象はひとつも良くなかったのである。
「おかしいなぁ・・・?アラブ人ってのは、てめえのことしか考えねえ奴ばかりで、人の世話をするような 奴は居ないだろう?」と僕が不思議そうに言うと、
「そんな事たぁないわ。わしゃ親切にしてもらったぜ。夕方、自転車を押して歩いとったらうちに泊まって行けって親切に泊まらしてくれたぜ」
「寝てる間に何か物を取られただろ?」
「そんなこたぁないぜ。御馳走を食わしてうはうはもてなしてくれ、あげくの果てに女房を貸したる言いよったぜ」
「おかしいなぁ・・・?そんなことはないはずなんだがなぁ、わしゃアラブでえらく騙されたぜ」
と、僕は腕を組んで唸るように言うと
「あんた、何かアラブで悪いことしたと違うんかい。アラブ人を騙したとか?それとも、アラブ人は人間を見きわめきるのかなぁ、あははは」
と、馬のような顎を突き出して笑う。
 こればかりは僕の合点のゆかぬ最大の謎であった。あの、せこいアラブ人が・・・あの、せこい中野と・・・と考えていると、ふうっ、と二人の共通点を見いだすことが出来た。アラブ人は中野を先天的に同胞、と見ぬいたのだ。そうでなくちゃ、あのアラブ人が外国人にそんなに親切にするはずがない。
 こうして彼は、サハラ砂漠の半分近くを自転車で縦断した。「砂嵐がひどい時には前は全然見えなかった」と言っていたが、彼が砂漠の真ん中で金星に向かって親指を立てたかどうかは謎である。





37今どき破天荒な男達の物語

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今どき破天荒な男たちの物語の1 

 こうした彼のツアーも無事会社のスケジュールをこなすと、彼は何事もなかったように大分へ戻って来た。
 彼は、向こうでの生活はあまりくわしく話したがらなかったが、よっぽどひどい所に住んでいたものと思われる。パリで鳥をさばいたり、いろいろな労働を転々としながら、夜はフランス語学校へ通い、金を溜めては冬はスキー、夏は登山と、シャモニーやスイスへと出かけていた。
 彼はアルプスの名だたる岩壁、八つのうち五つをものにしてきた。日本人としても有数の記録である。彼は美しい山、難し過ぎる岩壁というより、名のある、高度差のある岩壁ばかりを狙っていた。このあたりも、出来ることならプロガイドになりたいという彼の願望が働いていたのである。
 彼がブレッチェル西壁という困難度が高く、高度差のある岩壁へ行った時、下降時ルートに迷い、切り立った垂直に近い岩壁をクライミングダウン(攀じ降りる)していたのだが、途中からツルツルの垂直の岩肌が出て来た。「うむー」と彼は唸りながら悪戦苦闘するがあたりは薄暗くなる。そしてとうとう登ろうにも登れず、降りようにも降りれなくなり、切り立った大岩壁に釘づけになってしまった。高度、四千メートル、富士山より高い雲の上である。「うう・・・」と、にっちもさっちも行かなくなった中野は「ああ、もうあかんわ・・・」
とさすがに思うが、眼下四、五メートルの所に直径五十センチ程の岩棚があった。それで彼は生まれてこの方信じたことのない神や仏を祈ると「ヤッー」と、その岩棚に飛び移った。


「あの時きぁ、わしゃ生きた心地がしなかったぜ。四千メートルの真暗の空間を飛ぶんやぜ、恐いのなんの。今でも時々あの飛ぶ夢を見て、『はっ!』と汗びっしょりかいて飛び起きるわ」と言っていたがよっぽど恐かったんだろう。
 彼はこうした山だけでなく、フランスで折りたたみ式の軽自転車を購入すると、イタリアから船でアルジェリアへ渡り、あの念願のサハラ砂漠へと向かった。砂漠を自転車で渡ろうという腹である。




2012年7月6日金曜日

36今どき破天荒な男達の物語

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                         III章

 こうして、僕らが青春を謳歌しながら楽しく暮らす日々が続いた頃、一人の男が東京国際空港に降り立った。 
 帰って参りました。中野雄二、丸四年ぶりの帰国である。
 彼はこちらへはすぐに帰らず、ヨーロッパで知り合った日本人登山家の紹介で臨時のアルペンガイドをするため、再び二週間ほどヨーロッパへ渡るということであった。
「へえー たいしたもんだなぁ、あいつプロガイドになったのか・・・」
と、仲間は皆んな羨望の眼差しをしていた。が、実態は登山コンダクター会社が南米のアコンカグア山で客もろとも遭難し、その時ガイドが何人か死亡したので、急に会社のスケジュールが組めなくなり、中野らが急きょ臨時ガイドとしてヨーロッパツアーに二回程同行するという話であった。おそらく、国際空港から東京に居る、ヨーロッパで知り合った登山家に飯でもおごってもらおうと電話してこの話を持ちこまれたものと思われる。このことをまだ知らぬ僕らに中野が東京から電話で、
「あのさぁ、僕さぁ、お客をマッターホルンへ連れて行かなきゃならないからさぁ、またすぐヨーロッパへ飛ばなきゃならないの、だから当分そちらへ帰れないからさぁ、皆んなに宜しく言っといてよ・・・えっ?ガイド料?そんなぁ、たいしたことないよぉ。まぁ、仕事で山へ行けりゃ金額は問題じゃないけどね。しかし、君達、よくこんな暑い下界で働けるねぇ」と小憎たらしいことを言っていた。




35今どき破天荒な男達の物語

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今どき破天荒な男たちの物語の1 


 この露天風呂は別府の温泉場らしく、外来の客にちょくちょく入れ墨をしたヤッちゃんが入っていた。彼らはザザッと五、六人の団体で来てバチャバチャと湯に浸かって出て行く。彼らが来ると他の客らは気味悪がって湯から上がっていくが、僕は知らん顔をして身体を擦っていた。僕がヤッちゃんに無頓着なのと、僕の悪い人相、それに身体中の傷跡を見てヤッちゃんも同業者か?と思ってじろじろ見るか、目を合わせないようにしている。それどころか、僕を“刺客”とでも思うのか?親分らしき男を囲んで、目つきの鋭いヤッちゃんが数人僕の動きを読む。そこで僕が“ガバッ”と湯から立ち上がると、彼らもびっくりして一斉に立ち上がろうとする。
こうしたヤッちゃんが湯からドタドタと上がって行くと、大学生らしき連中があたりをキョロキョロ見廻し、タオルで前を隠しながらざわざわと入ってくる。が、奥の方で身体を洗っている僕を見つけると、「あっ!まだ居た」と小声で呟いて再び引き上げて行く。

 この風呂は混浴なので、運が良ければ若い女性に巡り会うことがある。そういう時は、のぼせないように水をかぶりながら湯に浸かるが、最近の若い娘というのは大胆である。僕は気持ち良く湯に浸かりながら湯船の縁(ふち)で身体を擦っている娘の裸を、新幹線のスピードの速さと熟練した画商なみの洞察眼でカッと素早く見る。すると、彼女らも意識しているのか、わざと大胆なポーズをとったり、中には大股広げる若い娘もいる。そういう時は僕も頭にきてブラブラと彼女らの前を行ったり来たりする。
 このように、若い娘だけが入っているのならいいが、こういう温泉場には年寄りが多く、婆さん連中があざらしのようにべろーっと寝そべっていたり、トドのように湯に浮いていたりする。
 彼女らは歌を歌ったり騒いだり、かなりの御機嫌で「こりゃ、男と女のエキスが入り混じって元気になるわい」とか訳の分からんことを言ってははしゃいでいた。
ある時、僕がズカズカと入って来てバシャと湯に浸かり、気持ち良く月を眺めていたら、トドのようなおばさんが四、五人湯の中を泳ぐようにしてやってくる。
「おっ なんだ!なんだ!」
と、悪い夢を見ているように目を白黒させてうろたえていると、その体格の良いおばさんが
「兄ちゃん、いい身体しとるなぁ・・・」
と言って僕の肩を「ポン!」と叩くと、続けておばさん連中が「ポンポン」と僕の肩をさわっていった。