以前、香港へ行った時、香港は岸壁は少なく船はほとんど沖荷役であった。荷役はジャンクという小さい帆船が幾度も来て行うが、このジャンクは大抵、家族で営んでいるが、あるジャンクの家族に利発そうで、とても奇麗な娘がいた。彼女は日本人と変りなく、僕より少し年下ぐらいで、日本の女子大生といった顔立ちの髪の長い娘であった。その娘が作業服を着て、顔を埃で汚し、荷にまみれながら働いていた。夜中じゅうである。
「可愛い娘だなぁ…」と、前々から思っていた僕はワッチ(見張り)の時、いつも彼女の廻りをうろうろとしていた。冬であった。風が冷たく凍えるようであった。「寒かろうに…
と、白い息を吐きながら働く彼女を不憫に思い、熱いミルクコーヒーを作って彼女のところへ持って行ってあげた
「寒いだろう…」
と言って、彼女に湯気の上るカップを差し出すと、彼女は、くゎっと眼を見開き、何ともいえないような眼をして僕の顔をみつめ、さっと僕の前から走り去った。
その後、彼女は僕を避けるようになってしまい、お互い何も言葉を交す事はなかったが、僕はあの時の彼女の眼が忘れられなかった。
彼女も年頃の娘である。日本では奇麗に着飾って花も恥らいもある年頃なのに、汚い格好をして埃にまみれて労働する時、たいして歳も変わらぬ男性からコーヒーを差し出され、自分が哀れみを受けている、と感じたのであろうか、彼女は恥かしさと、情けなさで胸がいっぱいになったのだろうか、あの時の彼女の眼は、僕がかつて見た事のない複雑な人間の感情を表していた。
女性である。女性で生きる、ということが僕ら男が思ってもいないほど複雑である、ということを香港の娘の眼を思い出し、目の前に居るスマトラの娘を眺めながら、生ぬるい風に吹かれ、籐椅子に深々と座って考えていた。南十字星が良く見える、ジャングルに包まれた女達の館、中庭の光景であった。
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