翌日、さんざん滑って帰る道中、夕陽の逆光で運転しにくく、サングラスを掛けていた僕はハイウエーの途中、幾つもあるトンネルに入ると、さっ、とサングラスを外す。すると隣の座席に座っている大石氏も、さっ、とサングラスを外す。トンネルをぬけると再び、さっ、とサングラスを掛ける。すると、大石氏も・・・ということを繰り返して僕らは帰路に着く。
別に運転しているわけじゃないのに、カッコつけてサングラスなど掛けなくとも良さそうなものだが・・・。
その後も、大石氏は熱心にスキーに通っていたが、ある寒い日、地元九州でもうっすらと雪が積もり、僕はひさしぶりに山下のペンションででも行ってみようかと車で出掛けた。オカルト好きの山下はこの頃まじめに結婚をして、喫茶スイスシャレーもやめ、奥別府にペンションを奥さんと二人でやっていた。別府の郊外をぬけると緩やかな丘が幾つも見える景色の良い所である。その丘も、うっすらと雪が積もっているようであった。ふと見ると、道路ぞいに車が沢山止まって何か見物している。
「何んだろう・・・?」
と、僕も徐行しながら車の窓ごしに見てみると、傾斜の緩い、ほとんど平地の丘の雪の上に、真っ赤なスキーウエアーを着てゴーグルを掛けたスキーヤーが居た。
「ほ、ほう。変わった人が居るなぁ・・・・」
と、僕は車から降り、他の家族連れの見物人らに混じって覗き込むがどうもあのオタオタぶりは大石氏そっくりである。前に出てさらによく見ろうとすると、
とストックを高く掲げて叫ぶ大石氏の姿があった。すると、一斉に見物人らが、わっ、と僕を注目する。僕はお義理でちょっと彼に手を振ると、そそくさと車に乗り込みアクセルを吹かして猛スピードで走り去った。
こうして、僕らのスキーに明け暮れる冬も終わって雪も溶けはじめると、中野大先生もいよいよすることがなくなってきた。
彼はこの頃、わりと街中のアパートに引っ越してきた。そして今度のアパートは駐車料金が高いと言って、アパートの半径三百メートル範囲内に点々と路上駐車して、そこを駐車場代わりにしていた。それも、一箇所に長らく駐車すると目をつけられると言い、毎日、駐車する場所を変えた。大体、五、六ヶ所目星を付けておき、それを週ごとに日替わりメニューするわけであるが、月七千円程の駐車代のためにめんどくさいことをするものだ。
また、彼のアパートは恐ろしいことに何処へ行っても散らかりようのパターンが同じであった。散らかるといっても家具がないため、本なぞを重ねて置いてあるだけのことであるが・・・。

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