ある日僕が仕事で車に乗っていると、中野が汚い自転車を漕いでいるのを見かけた。一目で失業者と分かる格好をして自転車を漕いでいる。「そういえば、僕が子供の頃、ああいうのを見掛けたが、今時珍しい存在だなぁ・・・」と感心しながら彼を呼びとめると
「ああ、あんたかい」
と、中野は自転車を止めて振り返る。
「お前、何をしとんのや?」
「ほれ、履歴書買ってきたんや」
と言って、自転車の前のカゴに入っているビニール袋に入っている履歴書用紙を指さす。
「ほうー」
と僕は感心したように言うと
「あんた、いいネクタイしとるなぁ」
と彼が言うので、車内に替えネクタイの有った僕は
「そうか、それならお前、面接の時にいるやろ。ほら、やるわぁ」
と言って、首から外して彼に手渡した。僕の好きなスカイブルーの色である。夏が近かった。
そして何日かして、面接の帰りという中野にばったり会ったが僕は恥かしさでいっぱいになった。彼はスカイブルーの半袖のカッターシャツに僕のあげたスカイブルーのネクタイをしていたのだ。
「お、お前、・・・それはやめた方がいい。おかしい」
と僕は狼狽しながら言うと
「なんかい?あんた、これ知らんのかい?今、流行のツートンカラーって言うんやぜ」
とスカイブルーのシャツからスカイブルーのネクタイを浮かせ、さも自慢げに答えたがネクタイは完全にワイシャツの保護色であった。
その後、彼は幾つか面接に行くが、彼が職安で探してくる仕事というのは、例のようにすぐ給与の高い順から見つけてくるので営業は営業でも詐欺まがいのセールスばかりであった。
僕はことごとくこれらはやめたほうがいい、女、子供を騙すのだけはやめた方がいい、と言い、焦らずしばらくじっくり探してみたらどうか?と暇な中野を連れては飯を食いに行ったりしていた。むろん、金は持っているが失業中の中野は代金は払わない。
その頃、僕は変装用の伊達眼鏡を幾つも持っていた。これは眼鏡を掛けると顔が変わっておもしろいからであった。また、楽しいのは、知り合いにあっても気付かず擦れ違うことで、そしてなによりおもしろいのはその知り合いに声を掛けてみることであった。
このようにして僕はフレームの型の異なる眼鏡を六つ位持っていた。
中野は本当に視力が弱くて眼鏡を掛けていたが、彼のはいつもサングラスにしていた。彼は学生の頃、フレームが割れ、耳から厚手のゴムで止めていたがあまり格好の良いものではなかった。
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