2011年12月12日月曜日

ワタの旅と冒険-19(北へ、北へ-3)

このブログは一つの物語です。
初めての方は、1からお読み下さい。
ワタの旅と冒険-1


 さて、僕はストックホルムの良く整理された公園に居る。今日の夕食はパンとチーズ、それにビールの薫りがするビール。芝生の上に寝っ転がって暮れゆく雲を眺めながら、食っていて、ふと見上げると、コートを着て、シルクハットを被った立派なおっさんが立っていた。

スウェーデン露天

「ジャパニーズ?」
と尋ねるので、
「イエス」
と答えれば、急にニヤニヤして僕の隣に座り込み、辺りをキョロキョロ見廻して。人さし指を口に当てると「シィー」と言って立派なビジネスバックのジッパーを開けた。
 中からウィスキーのビンが出てきた。そして、小さいコップを出すと、ドクドクと注ぎ「一杯飲め」と僕にさし出す。僕は気味悪いので断ると、さっ、と自分の口に持ってきて、深く舌づつみを打つと、何杯も注ぎ、ぐいぐい飲みだした。このおっさんもアル中予備軍らしい。
 僕に「日本人サラリーマンの平均所得は幾らだ?」とか「幾らあれば生活できる?」とか、いろいろ尋ねだしたので、大体の数字を並べてやると、「オー低い」とか「プアー」だとか叫んで自分の事のように嘆くと、僕にスウェーデンサラリーマンの経済、生活事情を話して、そういう貧しい国で働かずにスウェーデンに住め、としきりに進めた。そして何を思ったか、皮の大きなサイフの中から、あら!懐かしい聖徳太子を出した。
「これは、スウェーデンのお金にすれば幾らだ?」
と、おっさんが尋ねるので、換算して答えてあげると、サッと僕に一万円札を差し出した。
 僕はてっきり両替をしてくれ、という意味だと思い、
「ノオ」
と答えると、おっさんは
「ウムー ユーア リッチマン(あんた金持ちだ)」
と、唸るように呟き、グットバイをして立ち上った。
 しばらく、ふらふらした足どりで歩くおっさんの背中を眺めていたが、――――しまった!あのおっさんは俺に一万円札をくれる、といって差し出したのか、貰いそこねた!と気づいて残念がるが、後の祭りであった。
 おっさんはスウェーデン人に比べて日本人サラリーマンが格安で働いているので、僕に同情して一万円札をくれようとしたのであろう。また、今の僕の姿は、乞食予備軍に近い姿でもあったが……。

 スウェーデンから一路ノルマンディの国、ノールウェイと向う。此処には中世の海賊の船やイカダで大西洋、太平洋を横断したコンチキ号の博物館がある。
 この国はスウェーデンよりも豊か、と思われる程、街が整い、いたる所に公園があり、郊外へ行けば、各家々は皆、木造のシックな造りで庭の果断は数々の花で色どられていた。落ち着いた雰囲気のある国である。行き交う人々は皆、ぴしゃっと背広を着て背筋を伸ばし、髭をたくわえた大男が多い。かつて、大海を支配して暴れ廻った海賊の子孫は立派なジェントルマンになっていた。
 シックな博物館を見終ると、この整い過ぎて味気のない街を後に北へ、北へと向った。
 列車は北海のリアス式海岸を走る。窓には黄色い針葉樹ばかり目についた。雲が多く、どんよりとした天候である。霧雨が降っていた。
 この地方は晴天の日が少ない。
 滑らかな花崗岩の岩峰ばかり目についた。標高差もある立派な岩壁である。ルートを目で追いながら日本にこういう岩壁が有ったらなぁ、と幾つも通り過ぎる岩峰郡に目をやるが、この素晴らしい岩壁もこの地特有の雨や雷の多い気候で訪れるクライマーも少ないらしい。

セロトーレ

 長らく海が見えたり岩峰が見えたりしていたが、ボーデーという駅で乗客が皆んな降りて行くので、おかしいなぁ?まだ終点ではないはずなのに……と思いながら乗客と一緒に列車を降りると、海岸に百トン位の小さい船が待っていた。船と言ってもポンポン船である。この船に乗り込むと汽車の次は船の旅となる。
 フィヨルドの内海は静かで滑らかであった。波はない。風に吹かれデッキに立つと、どんよりとした雲の下、海面から岩峰が幾つお聳え立っていた。マッターホルンやドリューのような形をしたものもある。対岸は黄一色針葉樹で埋めつくされていた。
 風は冷たいが快ち良く、「いよいよ、地の果てが近いぞ」と、何か感動を覚え身を震わせた。

 波止場には別の船で到着したらしい列車が待っていた。こうして鉄道と船とを乗り継ぎ、最北端の街、ナルビックへと降り立つ。
 ヨーロッパで知り合った日本人が言っていたが、ナルビックの公衆便所に日本語で“千九百何年一月一日、我、ナルビックに到着せり”と書いてあったというが、一月といえば昼の全くない氷と闇の世界だ。よくぞ訪れたものである。
 とにかく、日本人の根性は大したもので、いたるところに形跡を残しているが、六十年安保で挫折した人間がやけくそで行ったものとしか思えなかった。
 そういえば、やはりヨーロッパで知り合った奴であったが、アフガニスタンで強盗に襲われ、殺されかかったので、靴紐で強盗の首を締めて殺してきた、と言っていた。アラブで人が死のうが生きようが、事件にはならぬが、正当防衛とはいえ、やるもんである。

家と白い山

ナルビックは冷たい街であった。雪が多く積るのか、塔のようになっている建物が多く屋根は鋭角になっていた。河も海も鏡のように固く見えた。子供らが白い息を吐いて元気良く遊んでいた。すべてシックに見える灰色の空の下、白い白い街であった。

 時折、日本人に似た人を見かけるが、モンゴル系であろうか。この、ずっと先の北極海側の対岸にフィン人というモンゴル系の少数民族が住んでいる、という。大昔、モンゴルから大陸を越えて来たのか、それともアラスカから北極の氷原を越えて渡って来たのか、また、モンゴルから大陸を真っすぐ北上して北極圏へ出て氷原を越え、一部はアラスカ一部はこの地へ辿り着いたのか、いずれにしても彼らの行動はすさまじいものがある。アメリカインデアンも元はモンゴル人、という。

 モンゴル人のような顔をして街をうろつくが、人通りが少なく薄着の元気の良い子供たちが走り廻っているだけの閑散とした淋しい街である。冬に近づいていた。白夜から夜ばかりの闇の世界へ近づいていた。午後三時を廻ったところだが、辺りはもう薄暗くなりかけていた。昼が非常に短く人々も冬支度をしている頃である。

船

 宿を探そうとするが、さすがに高い。まぁ山で寝る思いをすりゃ何てことはないと、海岸の荒地に土管があったので潜り込む事にするが、さすがに寒い。山の寒さも厳しいが、此処のは寒いのじゃない、空気そのものが冷たいのだ。息をすると吸い込む息が冷え冷えとして、肺に冷気が染み渡り肺が凍りつくようで寒くて眠れない。土管の中から「おぉー寒い寒い」と、夜の開けかけた海を眺めると、北の海はグレーであった。白々とした空に海鳥が淋しく鳴きながら飛んでいた。まさに最北の海である。この先は氷海だ。思い雲がどんよりと空を覆っていた。
「あぁ、もう帰りたくなったなぁ」
明日もこんな寒い思いをして寝るのは堪えられなかった。それにオーロラは今時期、出にくい、という。
「よし!帰ろう。ミューヘンでビアホールだ」
と、いつものワン・パターンで再びビールを求めて南下する事にした。




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