このブログは一つの物語です。
初めての方は、1からお読み下さい。
ワタの旅と冒険-1
カルチェラタンは賑わっていた。夜の一時二時まで人の通りが絶えず、ジプシーの街頭芸人らが道の真ん中でアクロバットをしていた。行き交う人々が皆、酔い、マドリッドとは異なる華やかさがあった。高級な華やかさである。どの店へ入っても高そうに見えた。
中心街の映画館に日本の「愛のコリーダ」という映画が上映されていた。昔の「安部定」の話である。“ノオ、カット”という事だったので、日本に帰ったら話の種になる、と思い見る事にするが、内容はポルノ映画と変らず、大した映像性は感じなかった。ただ、男根を切り落す最後の場面が強烈だった。その強烈、残酷な場面が終り、パッと電気がつくと、鑑賞していたフランス人らの視線が、バッと僕に来た。その眼は決して日本人尊敬の眼差しではなかった。残酷な人種を見る眼付きであった。いたたまれず映画館を出ると、ふうーと、夜の街はしっとりと濡れそぼっていた。
カルチェラタンを飲みちらかし、セーヌーに反吐を吐き、日本の歌を歌い、宮殿や教会の芝生にひっくり返る。名所は一晩中、明りがつき、数々のライトが建物を照らし続けている。白い宮殿が、さらに白く見え、暗闇の中に浮き立っていた。酔った僕は、いつまでも、こうしていたい幸福な気分に誘われ、幾度も幾度も大きく息をした。セーヌーの水は光り、きらめいていた。
こうして、生活は完全に夜型になり、昼近くまで薄汚いホテルに寝、ゴソゴソと起き出してはスーパーへ買い物に行き、街へ出かける、というパターンが続いた。
街は何処へ行っても絵になった。何処へ行っても飽きなかった。パリに世界中の画家が集るのも無理はない、と思った。街をモーター付き自転車に乗ったパリジェンヌが髪をなびかせ、コートの襟を立て、さっそうと通勤する。
シャモニーは、もう凄い雪であろう。アルプスが懐かしい。針峰郡は白い雲に覆われ、美しいシャモニーの街は、クリスマスの様に雪が降っているだろう。パリのカフェーでコーヒーを飲みながら、アルプスの山々に想いをはせる。
サハラから北極圏、南と北の地の果てからヨーロッパの街々と、すべてが懐かしいものになっていた。時間の経過を感じさせられた。アルプスの山々を除けば、すべての目的が達せられた。日本へ帰る時期が迫っていた。長い長い休暇が終り、再び息をつく暇もなく、また世界へと飛び出そうとする。パプア・ニューギニアが故郷のように思えた。
帰国するべく航空会社のリザーブを取ると、朝九時の出発であった。問題は、朝早く起きられるか、にあった。長らく夜型の生活をしていたので、とても早く起きる自信はない。「困ったなぁー」と思っていたが、とりあえずホテルを引き払い航空ターミナルへ行き、此処で良い方法を思いつく。荷を輸送するコンベアーのトンネルの中へ潜り込んで寝るのだ。早朝にコンベアーが動く、それで眼を覚ます、というわけである。
翌日早朝、案の定、コンベアーの始動と同時に、コテッと床に落された。これで飛行機に間に合う、安心、安心、とカフェーでコーヒーを飲み、ゆたぁーと時間待ちをしていた。ところが、ところがである。いよいよ搭乗のアナウンスが始まり、いよいよとコインロッカーに昨日預けておいたザックを取りに行くと、「おかしいなぁ…?」幾らキーを回してもロッカーが開かない。番号を確かめてみるが間違いない。ガチガチとキーを回してロッカーを揺さぶるが段々、頭に血が昇ってくる。
「くそっ!ボロロッカーめ!」
と、真赤に逆上すると、ザーッと後ろへ走り、ザーッと駆けてきて、飛び蹴りをする。
「ガーン!」
もの凄い音とともに、ロッカーがグラッと揺れる。回りに居た人々らはびっくりして見ている。さらに、ガチャガチャ、とキーを回して、ぐらぐらロッカーを揺らしていると、ガードマンが走って来た。僕を気違いか、何か、と思ってわめいていたが、
「ロッカーの荷が出ない!」
と、ロッカーを叩きながら叫ぶと、何処からか合鍵を持ってきてロッカーを開けてくれた。
こうして何とか、かんとか搭乗に間に合い僕はパリを飛び立つ事が出来た。
長かった旅の終りである。よく走り、よく廻り、眠る間も惜しんで見てきたものは、僕の目の中に宿り、目下、飛びかう雲の隙間に余韻を残した。短いようで長かった日々、次から次へと蓄積された思い出が、若い僕の脳裏に染み込んで行く。今は、温泉と刺身とキリンビールを持ち持ち、生れ育った日本へと向う。空は青く、飛行機の羽に雲は掛からず、まっ青な海が何処までも続くブルー一色の世界であった。
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ワタの旅と冒険-1
カルチェラタンは賑わっていた。夜の一時二時まで人の通りが絶えず、ジプシーの街頭芸人らが道の真ん中でアクロバットをしていた。行き交う人々が皆、酔い、マドリッドとは異なる華やかさがあった。高級な華やかさである。どの店へ入っても高そうに見えた。
中心街の映画館に日本の「愛のコリーダ」という映画が上映されていた。昔の「安部定」の話である。“ノオ、カット”という事だったので、日本に帰ったら話の種になる、と思い見る事にするが、内容はポルノ映画と変らず、大した映像性は感じなかった。ただ、男根を切り落す最後の場面が強烈だった。その強烈、残酷な場面が終り、パッと電気がつくと、鑑賞していたフランス人らの視線が、バッと僕に来た。その眼は決して日本人尊敬の眼差しではなかった。残酷な人種を見る眼付きであった。いたたまれず映画館を出ると、ふうーと、夜の街はしっとりと濡れそぼっていた。
カルチェラタンを飲みちらかし、セーヌーに反吐を吐き、日本の歌を歌い、宮殿や教会の芝生にひっくり返る。名所は一晩中、明りがつき、数々のライトが建物を照らし続けている。白い宮殿が、さらに白く見え、暗闇の中に浮き立っていた。酔った僕は、いつまでも、こうしていたい幸福な気分に誘われ、幾度も幾度も大きく息をした。セーヌーの水は光り、きらめいていた。
こうして、生活は完全に夜型になり、昼近くまで薄汚いホテルに寝、ゴソゴソと起き出してはスーパーへ買い物に行き、街へ出かける、というパターンが続いた。
街は何処へ行っても絵になった。何処へ行っても飽きなかった。パリに世界中の画家が集るのも無理はない、と思った。街をモーター付き自転車に乗ったパリジェンヌが髪をなびかせ、コートの襟を立て、さっそうと通勤する。
シャモニーは、もう凄い雪であろう。アルプスが懐かしい。針峰郡は白い雲に覆われ、美しいシャモニーの街は、クリスマスの様に雪が降っているだろう。パリのカフェーでコーヒーを飲みながら、アルプスの山々に想いをはせる。
サハラから北極圏、南と北の地の果てからヨーロッパの街々と、すべてが懐かしいものになっていた。時間の経過を感じさせられた。アルプスの山々を除けば、すべての目的が達せられた。日本へ帰る時期が迫っていた。長い長い休暇が終り、再び息をつく暇もなく、また世界へと飛び出そうとする。パプア・ニューギニアが故郷のように思えた。
帰国するべく航空会社のリザーブを取ると、朝九時の出発であった。問題は、朝早く起きられるか、にあった。長らく夜型の生活をしていたので、とても早く起きる自信はない。「困ったなぁー」と思っていたが、とりあえずホテルを引き払い航空ターミナルへ行き、此処で良い方法を思いつく。荷を輸送するコンベアーのトンネルの中へ潜り込んで寝るのだ。早朝にコンベアーが動く、それで眼を覚ます、というわけである。
翌日早朝、案の定、コンベアーの始動と同時に、コテッと床に落された。これで飛行機に間に合う、安心、安心、とカフェーでコーヒーを飲み、ゆたぁーと時間待ちをしていた。ところが、ところがである。いよいよ搭乗のアナウンスが始まり、いよいよとコインロッカーに昨日預けておいたザックを取りに行くと、「おかしいなぁ…?」幾らキーを回してもロッカーが開かない。番号を確かめてみるが間違いない。ガチガチとキーを回してロッカーを揺さぶるが段々、頭に血が昇ってくる。
「くそっ!ボロロッカーめ!」
と、真赤に逆上すると、ザーッと後ろへ走り、ザーッと駆けてきて、飛び蹴りをする。
「ガーン!」
もの凄い音とともに、ロッカーがグラッと揺れる。回りに居た人々らはびっくりして見ている。さらに、ガチャガチャ、とキーを回して、ぐらぐらロッカーを揺らしていると、ガードマンが走って来た。僕を気違いか、何か、と思ってわめいていたが、
「ロッカーの荷が出ない!」
と、ロッカーを叩きながら叫ぶと、何処からか合鍵を持ってきてロッカーを開けてくれた。
こうして何とか、かんとか搭乗に間に合い僕はパリを飛び立つ事が出来た。
長かった旅の終りである。よく走り、よく廻り、眠る間も惜しんで見てきたものは、僕の目の中に宿り、目下、飛びかう雲の隙間に余韻を残した。短いようで長かった日々、次から次へと蓄積された思い出が、若い僕の脳裏に染み込んで行く。今は、温泉と刺身とキリンビールを持ち持ち、生れ育った日本へと向う。空は青く、飛行機の羽に雲は掛からず、まっ青な海が何処までも続くブルー一色の世界であった。
セーヌ川
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