このブログは一つの物語です。
こうして、腰に下げていたアイスハーケン(氷に挿すピン)で太ももに怪我をした中野は、仲間らと仲良く入院生活をするようになった。この、救急病院こそいい迷惑で、我がまま言うわ、看護婦の尻はさわるわで大変である。仲間との二人部屋にはヌード写真がベタベタと貼られ、ベッドの下は一升瓶とポルノ雑誌の山であった。看護婦は見舞いに来た一人一人を訪ねて来ては文句を言っていた。此処へ来た見舞い客は皆んな見舞いの果物かごを下げて看護婦にペコペコ頭を下げていた。見舞いに来て、何故(なんで)?こんなに叱られなきゃならないのか?と思いながらも怒り狂う看護婦に頭を下げていた。
とうとう頭にきた婦長が
「他(よそ)の病院に移ってもらいますからね!」と言えば「いやぁ、さっき、院長と廊下で会ったが何も行ってなかったよ。よく養生しなさいと言っとったよ」と、しゃあしゃあと言う。看護婦らには不幸なことに、院長は登山をする人であった。
ある昼間、病室を訪ねてみると中野が居ない。
「おい、中野はどうした?」と同室の後輩に尋ねると、「中野さん、僕のプレイボーイ誌持って一時間ぐらい便所から出て来んに・・・」と言う。
しばらくして中野が帰って来ると
「中野さん、汚してないやろうなぁ?糊を付けてないやろうな?糊を!」と言うと、中野は嫌な顔をして「汚してないわ!」と投げ捨てるように言う。何という会話か、聞く方が耐えられん。
また、僕が尋ねて行くと必ず二人が無断外出して、パジャマ姿でついて来る。僕は精神病の脱走患者を連れて歩いているように人にじろじろ見られながら街を歩いた。そして彼らは、赤ちょうちんの前に来ると立ち止まって、のれんを握り「和田さん、和田さん」と僕の名を呼んだ。
一杯飲んだ僕らは手を振って分かれるが、ある時、病院の近くまで来たので、彼らがどうやって病院に入るのか?と以前から不思議に思っていたのでこっそり彼らの後をつけて見に行く事にした。当然、病院の鍵も閉まった午前零時、パジャマ姿の怪人二十面相は病院の軒下にぶら下がると、雨(あま)樋(どい)を伝わって蜘蛛のように登り始め、便所の窓の中に消えて行った。彼らの病室は二階であった。
こうした中野の入院中、彼の会社の者が何かの書類を取りに彼のアパートへ行ってみると、な、なんと、そこには社の商品が積み重ねてあった。彼は「いい機会やからもう会社やめたわぁ」と言って病院に居続けた。
こうして、病院で糊の張った白いシーツの味を覚えた中野は、自分の薄暗く湿ったアパートへは帰ろうとはしなかった。
「この間、ちょっと物を取りに行ったが、何か分けの分からん匂いがするし、窓からはいろんなものが降りこんで布団はぐちゃぐちゃやし、あそこはもう人の住める所やない」と言っていたが、中野が「人が住める所やない」というのは、それは壮絶なものであろう。大家が哀れである。
その後とうとう病院を追い出された中野は、まず先のおせち料理の先輩の家へ居候に行くが、三日で奥さんに追い出され僕の家に転がり込んで来た。何も知らぬお袋が飯を食わせて白いシーツに寝せてやると、彼はいい気になって大飯を食らいパンツ一枚で人のうちをうろうろした。
蒸し暑い日であった。ロッククライミングの練習を終え、くたくたに疲れて帰って来ると、パンツ一枚の中野が居間に寝っ転がっていた。傍らにスイカを食いちらかした後があった。彼は僕を見ると、扇風機に当たりながら「ああ、ごくろうさん」と言う。僕は怒りを堪えながら「お前どうして今日練習に来なかったのか?皆んな来てたぜ!」と言うと「今日は、外は暑いやろう・・・この暑いのにようやるわぁ」と憎たらしいことを言い「お母さぁーん、御飯まだぁー?」と後ろを振り向く。僕のシャンシャンした姉が「あつかましい!食費を取れ!」とか言っていたら、「あんたの姉さんはあんたそっくりやなぁ、親にひとつも似てないわ」と、さらに小憎たらしいことを言っていたが、僕が仕事で旅立つと彼は姉に追い出されることになった。
次に訪れたのは、歯科技工師をしている三郎の所である。彼の家は少し郊外にあり、隣に近所の人達が利用する共同温泉があった。温泉に恵まれた別府にはこういう共同温泉が幾つもあり、大抵その地区の自治体が管理して無料である。むろん入浴者も自治体の世帯に限られた。
中野は良い気持ちで朝からこの風呂に入り、そればかりか、女風呂を覗きだした。田舎のことである。この事はすぐ近所の評判になり三郎の一家は非常に恥ずかしい思いをする。
三郎の所を追い出された中野は伊藤洋一いう、やはり仲間の親友の所へゆく。彼はフリーの船乗りで、決まった会社に勤めてなく、長い休暇の時は山へ行くかアパートにじっと潜伏していた。その六畳、四畳半のアパートで、コツコツとネギを切って自炊をしていた。山屋(登山家)に似つかわぬ綺麗好きの男で、部屋はいつも、ぴしっ、と整理され、小奇麗にかたづいていた。僕がタバコの灰を落とすとぞうきんを持って、さっと拭く。節約することを知っている質素な男である。
こうして、腰に下げていたアイスハーケン(氷に挿すピン)で太ももに怪我をした中野は、仲間らと仲良く入院生活をするようになった。この、救急病院こそいい迷惑で、我がまま言うわ、看護婦の尻はさわるわで大変である。仲間との二人部屋にはヌード写真がベタベタと貼られ、ベッドの下は一升瓶とポルノ雑誌の山であった。看護婦は見舞いに来た一人一人を訪ねて来ては文句を言っていた。此処へ来た見舞い客は皆んな見舞いの果物かごを下げて看護婦にペコペコ頭を下げていた。見舞いに来て、何故(なんで)?こんなに叱られなきゃならないのか?と思いながらも怒り狂う看護婦に頭を下げていた。
とうとう頭にきた婦長が
「他(よそ)の病院に移ってもらいますからね!」と言えば「いやぁ、さっき、院長と廊下で会ったが何も行ってなかったよ。よく養生しなさいと言っとったよ」と、しゃあしゃあと言う。看護婦らには不幸なことに、院長は登山をする人であった。
ある昼間、病室を訪ねてみると中野が居ない。
「おい、中野はどうした?」と同室の後輩に尋ねると、「中野さん、僕のプレイボーイ誌持って一時間ぐらい便所から出て来んに・・・」と言う。
しばらくして中野が帰って来ると
「中野さん、汚してないやろうなぁ?糊を付けてないやろうな?糊を!」と言うと、中野は嫌な顔をして「汚してないわ!」と投げ捨てるように言う。何という会話か、聞く方が耐えられん。
また、僕が尋ねて行くと必ず二人が無断外出して、パジャマ姿でついて来る。僕は精神病の脱走患者を連れて歩いているように人にじろじろ見られながら街を歩いた。そして彼らは、赤ちょうちんの前に来ると立ち止まって、のれんを握り「和田さん、和田さん」と僕の名を呼んだ。
一杯飲んだ僕らは手を振って分かれるが、ある時、病院の近くまで来たので、彼らがどうやって病院に入るのか?と以前から不思議に思っていたのでこっそり彼らの後をつけて見に行く事にした。当然、病院の鍵も閉まった午前零時、パジャマ姿の怪人二十面相は病院の軒下にぶら下がると、雨(あま)樋(どい)を伝わって蜘蛛のように登り始め、便所の窓の中に消えて行った。彼らの病室は二階であった。
こうして、病院で糊の張った白いシーツの味を覚えた中野は、自分の薄暗く湿ったアパートへは帰ろうとはしなかった。
「この間、ちょっと物を取りに行ったが、何か分けの分からん匂いがするし、窓からはいろんなものが降りこんで布団はぐちゃぐちゃやし、あそこはもう人の住める所やない」と言っていたが、中野が「人が住める所やない」というのは、それは壮絶なものであろう。大家が哀れである。
その後とうとう病院を追い出された中野は、まず先のおせち料理の先輩の家へ居候に行くが、三日で奥さんに追い出され僕の家に転がり込んで来た。何も知らぬお袋が飯を食わせて白いシーツに寝せてやると、彼はいい気になって大飯を食らいパンツ一枚で人のうちをうろうろした。
蒸し暑い日であった。ロッククライミングの練習を終え、くたくたに疲れて帰って来ると、パンツ一枚の中野が居間に寝っ転がっていた。傍らにスイカを食いちらかした後があった。彼は僕を見ると、扇風機に当たりながら「ああ、ごくろうさん」と言う。僕は怒りを堪えながら「お前どうして今日練習に来なかったのか?皆んな来てたぜ!」と言うと「今日は、外は暑いやろう・・・この暑いのにようやるわぁ」と憎たらしいことを言い「お母さぁーん、御飯まだぁー?」と後ろを振り向く。僕のシャンシャンした姉が「あつかましい!食費を取れ!」とか言っていたら、「あんたの姉さんはあんたそっくりやなぁ、親にひとつも似てないわ」と、さらに小憎たらしいことを言っていたが、僕が仕事で旅立つと彼は姉に追い出されることになった。
次に訪れたのは、歯科技工師をしている三郎の所である。彼の家は少し郊外にあり、隣に近所の人達が利用する共同温泉があった。温泉に恵まれた別府にはこういう共同温泉が幾つもあり、大抵その地区の自治体が管理して無料である。むろん入浴者も自治体の世帯に限られた。
中野は良い気持ちで朝からこの風呂に入り、そればかりか、女風呂を覗きだした。田舎のことである。この事はすぐ近所の評判になり三郎の一家は非常に恥ずかしい思いをする。
三郎の所を追い出された中野は伊藤洋一いう、やはり仲間の親友の所へゆく。彼はフリーの船乗りで、決まった会社に勤めてなく、長い休暇の時は山へ行くかアパートにじっと潜伏していた。その六畳、四畳半のアパートで、コツコツとネギを切って自炊をしていた。山屋(登山家)に似つかわぬ綺麗好きの男で、部屋はいつも、ぴしっ、と整理され、小奇麗にかたづいていた。僕がタバコの灰を落とすとぞうきんを持って、さっと拭く。節約することを知っている質素な男である。

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