師走に入り、街中があわただしくなったある日、中野がひょっこり現れて、ホテルの食事券を買ってくれと言う。一枚一万円という。
僕は、忘年会が多いのにわざわざ年末に金を出してまで、旨いものを食おうとは思わなかったので断ると
「頼むわぁ、山さんも、さぶちゃんも買ってくれたぜ!頼むわぁ」
と嘆願するように僕の腕を握って言うので、中野もノルマがあって大変なんだろうと、二枚買うことにした。年が明けてゆっくりしたら、誰か女の娘でも誘って行けば良いわと思っていた。
僕は彼に二万円渡すと、さて、誰と行こうか?一万円の価値のある女は居たかな?とひどいことを考えながら車を走らせていた。そこで、知り合いのガールフレンドに
「今度、○○ホテルへ食事に行こう。友達から無理やり食事券を買わされたから」
と言うと、彼女も喜んでいた。
その後年が明け、久しぶりに旨いものでも食おうと思った僕は中野のアパートへ電話した。
「おい、そろそろ飯を食いに行くから食事券をくれよ」
と言うと沈黙が流れ、しばらくして
「・・・・あんた、よう覚えとったなぁ・・・?」
と言う中野の声があった。僕は一瞬、彼が何を?言っているのか分からず
「おい、チケットを持って来いよ」
と言うと
「あれはもうないわ・・・人にあげたわ・・・」
「人にあげたって、誰にあげたのか?洋ちゃんか?」
と、婚約中の船乗りの洋一が、デイトに行くのにあげたのなら許そうと思って聞いてみると
「いや、違う」
「誰か?」
「○○病院の医者や」
と、近くの医者の名前をあげたので、何故医者が出てくるのか?と不思議に思ったが、はっ、と、彼の知り合いの女の娘がその医師夫婦と親しいのを思い出した。
怒りをこらえようと受話器を握って沈黙を続けていると、しばらく会話のとぎれた受話器の向こうから中野のとぼけた声で
「あんた、二万円分、そこで何か売ってきたらええやんか」
と言った。また馬鹿なことを言うもんである。確かに僕は営業の仕事をしているが、誰が何処に何を売ろうが関係ないし、それに僕はサラリーマンだ。ぐらぐら頭にきた僕は、
「お前はそんなことだから、何時まで経っても成長しないんだ!」
と怒鳴ると、「ガシャン!」と受話器を切った。しばらく腹の虫がおさまらなかった。
友だちに会って、
「もう中野とは絶交する。あいつはひどい奴や!」
と言っていた。
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