僕は物の扱いが“雑”なので、この伊達眼鏡のフレームが皆曲がってしまっていた。眼鏡屋へ行けば無料サービスで直してくれるが、こんなに沢山のガラスの眼鏡を持っていくと詐欺師か何か?と間違われそうで行きにくかったのである。
しかし今日は、中野が居る、中野が一緒なら恥かしくない、と彼を誘って眼鏡屋へ行くことにした。彼はやはり失業者らしいヨレヨレの服と靴はズックであった。
「いらっしゃいませ!」
玄関に入ると若い女店員の声が掛かり、係員がさっ、と近づいてくる。大手眼鏡店の本店であった。眼鏡類だけでなく、宝石類も多く店内はキラキラとしていた。上品ぶった御婦人の多い店でもある。
「まあ、悪いけど、フレームが曲がってるんで良くしてもらおうかねぇ」
と、ごろごろとガラスのはまった異なったフレームの眼鏡を六個、ショーウインドウのガラスケースの上に置くと、店員は
「はっ!」
「しばらく、お待ち下さいませ」
と、さすがに大手眼鏡店らしく店員は沢山の伊達眼鏡を抱えると、幾度も頭を傾けながらゆっくりと奥の方へ入って行った。
「ほっ」と、ひと息吐いて、さて、中野は?と店内を見廻すと、店の娘に大きな声で
「スキューバダイビングの眼鏡が有るでしょう?見せて下さい」
と言っていたので、僕は、ふーん、そういう眼鏡もあるのか?と思い店の内をぶらぶらしていた。すると、一瞬、店の中の話し声やざわめきが止み、しーん、となった。どうしたんだろう?と、あたりを見わたすと、店のキラキラしたガラスケースの上に置かれた、さらにキラキラした丸い小さな置き鏡の前で、中野が真っ黒い水中眼鏡を掛け、横や斜めを向き、身体をねじったりしながらポーズをとっていた。その前には、店の娘が何とも言えぬ顔をして茫然と立ちすくみ、中野をみつめていた。店中の店員やお客は皆、唖然と中野を見ていた。
僕は恥かしさと笑いが込み上げ、思わず身体をくねらし、出来上がった眼鏡を手に取るとそれらを抱きかかえるようにして中野を呼び、慌てて店を出た。背中に、ぐっと視線を感じた。
この頃の別段することのない中野は、とかく僕を呼び出しては飯を食いに行こう、行こうと誘った。誘うが、誘った本人は代金を払わない、という恐ろしい誘い方である。
僕も、なんとか中野の相談になってやろう、と見つけて来た仕事をいろいろとアドバイスしてやっていた。「何で俺がこいつに飯を食わせて世話をせにゃいかんのか?」と、腹が立ってくるが、そこは腐れ縁の友だちのことである。
中野はおもしろいことに昔から“ティ”の発音ができなかった。
「ねえちゃん!スパゲッチイをくれんかい」
「チッシュペーパーを取ってもらえんかい」

0 件のコメント:
コメントを投稿