この辺りは食べ物屋が軒並み並び、芳ばしい薫りがたち込めている。物価が安いのでひさしぶりに旨いものを食おうとレストランに入り、コーヒーとワインを注文するが、なんと一人千円程度である。腹一杯になった彼らは
「次はフラメンコだ!」
「その次はセニョリーターだ!」
と、叫んだので僕も
「セニョリーター」
と叫ぶと、三人は僕の腕を見ながら
「あんた、その腕で女、抱くんかい?」
と、訝しそうに言った。
フラメンコは城壁の中にあった。中世の城壁の廻りを、ずるずると細長く蟻の巣のように掘った洞窟が酒場となっていた。入口が狭く、奥は丸く広くなっていて、真中にフラメンコの台、回りはカウンターである。
「ウナ、セレベッサー!(ビール一杯くれ!)」
と言うと、甘いビールが注がれ踊り娘が真赤なドレスをくねらせ踊った。一軒の店が一杯百円のビール代で済むので、隣、隣と何軒でも梯子でき、何人でも踊り娘を眺められた。
「今夜は最高!」
と、幾度も叫び、すっかり酔っぱらった僕らは、「セニョリータ」「セニョリータ」と叫びながら夜の街へと繰り出した。
驚いた事に午前零時が近いというのに、子供が多い。それに家族連れが多いのだ。日本では絶対見られぬ光景である。
通りを行く人々、擦れ違う人々が皆、フラメンコの曲を手拍子で叩き、それは大変なはしゃぎ様である。陽気な国民である。皆、目が生き生きとして顔は紅潮していた。「ヤポン!」「ヤポン!」と幾度も声をかけられた。僕らもすっかりのって息を上げ、手を叩きながら街を練り歩き「セニョリーター」「セニョリーター」と、夜の街をさまよった。
何処からか、美しいギターの音とともに歌声が聞こえてきた。音に惹き憑かれるまま歩いて行くと、マヨニエール広場に着いた。黒い石畳をびっしりと敷き詰めた閑散とした広場である。若者らが溜り、中央に髪の長い若い女性が一人、ギターを弾きながら、フラメンコを歌っていた。その娘を取り囲むように若者らが膝を立てて聴きいっていた。皆、曲に酔っているようで、しんみりとした雰囲気が流れていた。哀愁のある悲しい歌であった。フラメンコがこれ程、淋しい曲だとは知らず、僕らも曲に聞き惚れ、一曲終るたびに彼女の傍に置いてあるギターケースに銅貨を投げ入れ拍手した。
中世の競技場は、床も壁も石畳で囲れた最高のコンサート場となり、広場に歌が響き、僕らの耳に深い余韻を残した。酒の酔いに覚め、哀愁の曲に酔い、しんみりとなった僕らは誰もセニョリータの事は口にせず、タクシーに乗ってホテルへと引きあげた。
ぱくり、と晴れた日曜日、僕らは闘牛場に居た。トレドである。開幕を前に人々は騒めき、皆、雰囲気に酔っていた。ファンファーレが鳴ると騎士の登場だ。-行進。次から次と馬に乗った騎士が現われファンファーレが響き渡る。
「ブラボー ブラボー」
と、興奮したアメリカ人が叫ぶ。全員、総立ちである。
闘牛と騎士との決闘。一試合終わるたびに観客が拍手と喝采を浴びせ、騎士が剣を空に振りかざし場内を廻る。「ブラボー」「ブラボー」と場内へ牛乳の入った皮袋や帽子や傘が投げ入れられる。
陽が傾き円型の競技場を影が覆う。半分はブラック、半分は逆光、カメラのファインダーの中、駆ける牛は光り、騎士は闇の中だ。
影が円型のドームを埋めつくした時、興奮は幕を閉じた。
人でごったがえす場外にポスター売りの少年が走る。仲間の一人が沢山買っていたので尋ねてみると、日本では数十倍に売れる、ということであった。
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