2011年6月2日木曜日

10今どき破天荒な男たちの物語 (原始人の歯を持つ男)

このブログは一つの物語です。

初めての方は、1からお読み下さい。
今どき破天荒な男たちの物語の1 



 半年ほどして、僕が故郷へ帰ると、この洋一のアパートにまだ、中野は居た。べろーんとあざらしのように寝そべっていた。そして「洋ちゃ~ん!御飯まだぁー」と言っていた。ああ、洋ちゃんは可哀そうに・・・・部屋も乱れている。中野が散らかしては洋一が片付け、ぞうきんを持って廻る姿が目に浮かんだ。「おい!洋ちゃん、大変やのぉー」と僕は同情の声をかけるが彼は何も言おうとはしなかた。



 この気の良い洋ちゃんもある日、ついに頭にきたか、コタツに浸(つ)かり寝そべっている中野の傍らに立つと、「おれは頭にきた、おれは頭にきたぞぉー」と一人言を言いながら、マッチの軸を折って寝そべっている中野に振りかけ、部屋中ばら撒いていた。僕はこの姿を見て、あれだけ冷静な男が・・・よっぽど頭にきたんだろう、と洋一に深い同情と哀れみの念を向けた。この洋一の気持ちを察したかある日、中野は一人あの薄暗いアパートへと引き上げた。

 それからか、中野の姿はぷつりと絶えた。皆んなが心配して「おい、近頃中野を見るか?」「いや、そういえば見ないなぁ」「皆んなに迷惑かけたと思って自殺したんじゃないか?」と僕が冗談で言うと友人が、「くっ!くっ!」と笑いを堪えている。皆、中野という人間を良く知っているようであった。人伝えに、彼は茨城の方へ土方の出稼ぎに行っているという噂であった。へぇーわざわざ茨城まで行かずとも土方は此処ででも出来ように・・・・しかし茨城というのがひっかかるなぁ・・・・なんだろう?と思っていた。それじゃぁ、船乗りの洋一が喜んでいるだろうと、彼のアパートへ行ってみると薄暗いアパートの中で、洋一が白いシーツをかぶって口を開け、歯科技工師の三郎が覗き込んでいた。僕はびっくりして「お、お前ら何してんのか?」と思わず叫んでしまった。
 歯科技工師である三郎は保険のない洋一のため、ヤミで歯を作ろうと歯の型を取っていたのである。「なんだ?みつるか、びっくりするじゃねえか!」と、三郎が言い、熱心に洋一の口の中を覗き込んでいた。勤めの歯科医院で黙って歯を作り、それを洋一の口に埋め込むという。なかなかやるもんである。こういう人間が大勢いたら歯医者も儲かるまい。
 中野はこの点しっかりしていて何処でも歯ブラシを離さなかった。長らく、保険のない生活をしていたので金がかかるのを極端に恐れていたのである。何時も感心に飯を食った後ポケットから歯ブラシを出して磨いていた。何時でも何処でもというのは、食堂の中や、道を歩いていても、ということである。
 おかげで彼の歯はいつも白く輝いていたが、顎があまり大き過ぎるので、自慢の歯はぶ厚い唇と太い顎に隠れて普段は見えなかった。歯科技工師の三郎が中野の歯を見て、「お前の歯は非常に珍しい歯で、顎の中から生えている。だから物を食う時、普通の人間は歯で噛むが、お前のはすり潰すという感じだ。それに、お前の顎は馬や牛のように発達して骨太や。その顎を廻して食べ物をすり潰すわけだが現在人にはその歯はない」と言いきるので中野が「それじゃ、わしの歯はなんかい?」「うむ、お前先祖返りじゃねえか?」「なんかい、その先祖返りっていうのは?」「先祖返りってのは何万年も前の遺伝子が、ある日突然、何かの拍子でポクッと出てくるのを言うんじゃ」と説明すると中野は心当たりがありそうに「うむー」と唸る。僕らは笑い転げて腹がねじれてしまいそうになる。
 その中野が虫歯になって、しぶしぶ三郎の勤める歯科医院に行くことになった。歯科の待合室で受付の女の娘を前から斜めからと、しばらく眺めていたが、腹がすいたのかジャンバーのポケットからアンパンを取りだしてムシャムシャ食いだした。そこへ「中野さーん」と呼ばれ、白いエプロンを掛けられる。歯科医が「どうしました?」と言って口を開かせると、口の中には噛みかけのアンパンがびっしり詰まっていた。それを見た医師は、何も言わずに知らん顔をして他の患者を見だした。それを衛生師から聞きつけた三郎が慌てて技工室から出てくると、「お前、もう帰れ!」と言った。





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